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1月20日(金)に開始した当企画、 21(土)、22(日)と募集。 結果的には23(月)の夜に締め切り。 諸事情あり24(火)の発表となりましたが。 おおむね順調に事も運び。 合計6名のお客さまに、無事プレゼントをお送りすることが出来ました。 ※詳細の結果は発表当日のツイッターのTLでご確認ください。 数字的には、純粋な応募資格のある「オリジナルツイートに対するRT」だけを抽出すると30。 関連記事を含む総RT数は締め切った時点で数えたところ73(現在も微弱に増えています)。 結構皆さん他人様のRTをそのままRTしたり、ブログ記事のほうをRTされたりと、残念な方もいらっしゃいました。 かといって、それを注意するようなツイートをしてしまうと、かえって混乱が生じると考えたため、あくまで黙って放置。 必要な情報は元のブログ記事に盛り込まれていましたので、悪しからず。 笑ってしまったのが、本家の石打丸山スキー場さんのアカウント(いしまるくん)からのRTが、すでに締め切り後だったこと(本来なら笑えませんが)。 ■抽選方法について 当初はだいたい10人に一人くらいの確率で当選者を出そうと考えていました。 が、設定したルールどうりだと、たった3名しかあたりが出ない勘定でしたので、そこは修正。 初回につき、大盤振る舞いで5人に一人の当たり確率とさせていただきました。 選出方法は、予め決めていた「RTリストの順番に特定の数字がつく方」、をちょっと変更して 単純に「5の倍数の方」、とさせていただきました。 goだから5ね。 ちょっと分からないのが、ツイッター上のRT者を表示する画面での並び順、 RT者が時系列順に並ぶものと思っていましたが、どうもそうではないらしい。 ちょっと法則性が不明ですが、逆に公平性があってよかったとは思います。 ■感想 今回はゆる~くお客さまとやり取りをさせていただき、ツイッターの有効性を確認できました。 クレームもゼロ。炎上もなし。仕事の合間に対応でき、当選者様とのDM上でのやり取りも非常にスムース。 かつ、皆様からのレスポンスも非常に速くて助かりました。 ヤマト便での翌日発送も問題なく、速達のメール便で出荷すれば、関東は翌日到着とのことでしたので、皆様の週末の予定にも間に合う算段です。 もろもろ含めて、企画自体に特にデメリットは感じませんでしたので、次回も決行! ■次回予告 次回はさらに賞品をグレードアップ! なんと三山共通のリフト引換券が当たる企画を計画中! ※湯沢高原、GALA湯沢、石打丸山の共通一日券。 だいたい2月の中旬以降に同じくツイッター上で行う予定です。 ルールは今のところ同じやり方にしようかと思っておりますので、 皆様ふるってご参加してくださいね! 追記 今回RTしてくださった皆様、ありがとうございました。 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら ![]() グリーンリフトからの気まぐれプレゼント企画です こちらのツイートをリツイートしてください 抽選で石打丸山スキー場の今シーズン(2012)の リフト1日券の無料引換券をプレゼントいたします ■応募方法■ 上記のオリジナルツイートをリツイートされた方 他人のリツイートに対するリツイートは無効 フォロアーさん限定 リツイート後にフォローしていただいてもok 抽選する際に非フォロアーさんは除外します ■抽選方法■ リツイートされたフォロアーさんの中から任意の方法で抽選 早い物勝ちではなく公平な方法を考えます 今のところツイッターの画面上で、リツイートされた方を上から順番に表示し、 特定の数字が順番に付く方を抽出する予定です 例:順番に8が付く片→8番目、18番目、28番目等。 一応ツイート数が100番までで打ち切りますが それ以上の数になったら提供するプレゼント(引換券)の数を追加します。 プレゼント(引換券)の数は上限10枚くらい。 応募数(リツイート数)が少ない場合はそれなりです 応募期間は今夜(1月20日)からこの週末(21.22)くらい 集計と抽選は月曜(23日)に行う予定です。 期間を過ぎたリツイートは無効となります。 ■当選者へのご連絡■ 抽選後DMでご連絡いたします お名前、ご住所、ご連絡先を確認の上 ヤマトメール便にて発送させていただきます ※ご確認 当企画は石打丸山スキー場本体とは一切関係がございません グリーンリフト株式会社の単独企画です 電話等でのお問い合わせはご遠慮ください あくまでツイッター内での企画でございます お問い合わせはツイッター内でおねがいします。 初めての企画ですので多少の不手際はあらかじめご了承下さい ゆるいやり取りでもかまわない方のみご参加くださいませ。 グリーンリフトの中の人より 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら ![]() 新年明けましておめでとうございます。激動の2011年がようやく終わりを迎え、スキー業界がまた新たなシーズンを迎えることが出来たこと、先行き不透明ながらも大変喜ばしい限りでございます。 一方、3.11以降の経済の低迷のなか、産業の形態にかかわらず、新しい付加価値を顧客に提案出来ない企業は、ユーザビリティーを失い、今この瞬間も確実に衰退の沼に引きずり込まれようとしております。 私どもグリーンリフトでは、2012シーズンにおける新たな試みとして、営業時間内での自社コースの再メンテナンス(圧雪)を行うことをご報告いたします。 事の経緯は、昨シーズンの休まる事を知らなかった豪雪の中、多くのスキー場が日中のコース整備が出来ず、コース上に新雪が降り積もるような状況下で、逆にそのことを好ましく感じるユーザーの皆様や、スキー場関係者らが発信する、「twitter」等に代表されるSNS上での盛んな発言に因るところがございます。 3.11以降、急速に日本でも普及したtwitter等のSNSについてですが、スキー・スノーボード業界のユーザーの皆様、及び業界関係者の皆様からの情報発信も多く、企業や団体も含め、皆様熱心に取り組んでおられるようです。その反面、情報発信をするような熱心なユーザー様の多くが、上級者やヘビーユーザーであり、時として情報が偏る傾向にあるようです。 昨シーズン、インターネット上で多く散見された文言が、近年急速に発展しているBCスキー・スノーボードにおける価値観を背景にした、非圧雪エリアを滑走することを喜びとする、パウダー賛歌に関連したものでした。「膝パウ」「激パウ」「リセット」など、本来は管理され、圧雪された状態でお客様をお迎えするべきスキー場内ですら、コース上に新雪が降り積もるたび、ある種の興奮状態で、これらのワードが飛び交いました。お客様側が自由に発言する限りにおいては、何の問題もありませんが、時として、安全を提供する側であるはずのスキー場関係者側からの発言も多く見受けられ、本末転倒な状況が多くあったように感じます。 そこから読み取ることが可能な、ある種の疑問が当然ながらございます。上級者を全体の1割とすると、日中膝下まで降り積もってしまった、この地方特有の湿雪のなか、快適にスキー・スノーボードを楽しめるお客様は一体何割に及ぶのでしょうか?中級者が全体の3割とし、その3割を上級側と初級側に二分したとしても、全体の6割となる初級者を含む、7割半のお客様は、そのようなコースの状況を不快に感じるでしょう。女性や小さなお子様にとっては苦痛以外の何物でもないことは容易に想像がつくことです。また、スクールを受講されるようなお客様や、基礎スキーヤー系のお客様は、整地されたコースでの練習やレッスンにこそ、より快適性と満足感を感じるはずです。 顧客のリピート化には「安心、安全、快適、満足」が絶対条件です。昨シーズンの1月から2月半ばまでの晴天率は、約1割程度ではなかったかと記憶します。そんな中、上級者・ヘビーユーザーによる安易なネット上での発言の背後には、その何倍もの、顕在化しない、よりマーケットが広いと考えられる、一般のお客様の「不満」や「不満足」が存在するのではないでしょうか。お客様の不満の「不」こそがビジネスチャンスと私どもは捉えており、サービスプロバイダー側としての企業努力の余地が、大いにあると考えております。 以上を踏まえ、一般的なパレート分析に当てはめて考えてみても、顧客の顕在化した80%の意見ではなく、20%の隠れた意見や、見えないユーザビリティーの中に、80%のビジネスチャンスと、より大きなマーケット、そこに紐付いた利益性が埋もれていると考えられます。また同時に、上に挙げた7割半以上のお客様が、スキー場全体の同じく7割半以上の売上を占めているとも置き換えられます。 残念ながら、現在の石打丸山スキー場全体としての方向性と顧客へのアプローチは、運営意識、コース設営から営業、広告、企画、そして大会やイベント等も含めて考えると、よりマーケット規模の少ない、3割以下の顧客(主にパーク利用者や一部のリピーター)に対し、その多くの財と時間と労力を割いているのが現状のように感じます。 当社グリーンリフトでは、自社を取り巻くマーケット状況を分析し、ゲレンデの安全性・快適性の確保と、お客様のCS(顧客満足度)アップの観点から、ゲレンデ状況に応じて、営業時間中にリフトの運行を一定時間停止し、ゲレンデを閉鎖、安全性を確保した上で、圧雪車によるコースメンテナンス(圧雪)を実施いたします。 ■参考■ グリーンリフトの顧客ターゲット層 ①エントリーユーザー(学生・若年層) ②お子様・ファミリー層 ③熟年スキーヤー、アクティブシニア層 ④レッスン受講者、基礎スキーヤ―層(整地でのスクールレッスンや自己練習を求めてのご利用) 以下、実際のオペレーションについて説明いたします 1、再メンテナンスの判断 朝の圧雪後、日中の降雪が多く、コースに新雪が降り積もった状況。 週末等でお客様が多く、ゲレンデ状況が悪化した場合 春先のゲレンデで、同じくゲレンデ状況が悪化した場合 2、再メンテナンスのエリア 当社グリーンゲレンデ側のみ(下から見てリフト線路より右側は除外) 3、再メンテナンスの時間 スキー学校様のレッスンが終わる時間を基準にし、他お客様がランチタイムに入る12時から13時の間の任意の時間帯 4、再メンテナンスにかかる時間 すでにロールプレイング済み。コース閉鎖、リフト停止、圧雪も含めた一連のオペレーション作業は20分前後で完結する予定。 5、コース閉鎖方法 グリーンゲレンデ全体をネット、ポール、視認性の高いバリアテープで囲い込む形で閉鎖。各ポイントにスタッフ(4~5名)を配置。圧雪中の安全を確保。 6、お客様への告知 自社内の放送設備で事前にご案内。他掲示物や口頭での説明で補足。定着化を目指す。スキー場全体のお客さまに告知する必要は今のところ考えていない。 7、スキー場側、各社様へのご連絡 ご意見ございましたら、別途ご相談とさせてください。 以上の件、宜しくご理解の程お願いいたします。ご不明な点、ご意見・ご質問等があれば、可能な範囲で承ります。 2012年元日 グリーンリフト㈱ ※石打丸山スキー場は、4つの索道会社(リフトを運営する事業主)から成り立つ共同運営スキー場です。当社グリーンリフトは、日本一短い、たった1本のペアリフトながら、その1/4を担っております。上記の文章はスキー場全体の管理を協議しあう「石打丸山スキー場安全管理委員会」にて報告した資料をそのまま掲載しております。 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
今回のベースウェイトは約3.5kg。水常時2リットル、食料が前半3~4日分として3キロちょい。スタート時のパックウェイトが9キロを切るくらいです。 バックパック ゴーライト ブリーズ ![]() 通常この手のパックはロールマットを筒状にして荷物を詰め込みますが、それだとパッキングした形が円筒形となり背中に密着しない気がします。ブリーズや同じゴーライトのjamの場合、自分はマットをロール状にはしないで、カットしたマットを重ねて背面に沿わせるか、または折りたたんで同じように収納します。今回は山と道のUL15Sを使用。折りたたんで収納しました。この方法だとパックの形が薄型の楕円形となり背中により密着します。特にJAMの場合はパックの形自体がなすび型なので、パック内の容量を最大限使えることになります。当初はJAMを使用するつもりでしたが、どうしても食料が入りきらず断念。ガストなら問題ないのですが今回は背負い心地でブリーズを選択。1週間無補給にする場合は1週間分の食料を背負える剛性感のあるバックパックが新たに必要。 パックライナー 今回は天気が良い予報でしたので、寝袋を入れる簡単なビニール袋でパックライナーの代用としました。問題なし。今後も雨以外の天気予報でしたらこのパターン。帰りにハイカーズデポさんで20リットルくらいのシルナイロンの袋を購入。完全防水でなくても良いと思います。 シェルター ファイントラック ツエルト2 ![]() これしか持ってないのでこれ。雨の晩は結露に悩まされました。寝袋が濡れたツエルトの壁面に触れるのが問題ですので、シングルウォールでも内部スペースの広いシェルターが次の購入候補になります。ローカスギアのクフタイベックかカフラーシルあたりが候補。カフラーシルはスキー縦走の時にギア類も格納できるのできっと便利。諸先輩方が愛用するテラノバ社やファウデ社のかまぼこ型2枚壁テントも捨てがたい。寝袋を結露から守る寝袋カバーも自作検討中。 マット 本文でも触れた通り、山と道UL15Sは二枚重ねでも雪と同等と思われる低温の土の上で寒さを感じた。しかしそれ以外の場所では大変暖かかった。推奨どうり1枚は寝袋の中に入れた。今回はショートサイズ2枚を使い。1枚はそのまま、もう一枚は背中用と足元用に2分割し、足元用と背中用を寝袋の中に入れて使った。雪上での対策は少し工夫すればクリアできるレベルなので今後もメインのマットとなることでしょう。収納性は抜群。細かいキズは付きますが、気にしない性格。 防寒具 ![]() ダウン衣類はベストと改造短パンのみ。就寝時の保温性については寝袋とのシステム化の問題なので別とする。行動時は基本防寒具は要らないのがUL流儀とはいえ、12月の高所はそれなりに寒く、特に朝晩は冷えます。ダウン短パンは朝の行動開始時に非常に便利でした。通常のダウンパンツとは異なり、行動時もオーバーヒートしません。腰まわりやお尻の筋肉がリラックスするので大変快適です。腰周りが寒いとお腹壊す体質です。短パンとの相性もばっちり。靴を履いたままでも脱着出来るのも良し。ダウンバック+トップキルトの就寝システムにした場合は衣類は簡素化するので、ダウンベスト+ダウン短パンのセットは行動時の併用も考えると12月や4月の装備として良いですね。トップキルトを使わない場合は素直に長いダウンのほうが良いです。今回は行動着としての可能性は確認できたものの、就寝スタイルとしては失敗。 寝袋 ハイカーズデポ ダウンバック 羽毛量100g増量 総重量約700g(乾燥時) ![]() デフォルトの状態でダウン衣類上下とセットで使用すると、外気温-10度、シェルター内-8度くらいまで快適。今回はダウンを増量したぶんだけ、衣類を簡素化して比較してみた。昨年のグレンさん(GG)の公演資料や土屋さんの書籍にもあるように、就寝時の保温性は寝袋のダウン量アップが最も効率的とある。しかしながら今回は洋服の形・構造そのものがもたらす「暖かい空気を常に身にまとう」という効果を実感した。衣類を簡素化すると、どうしても寝袋内に空いた体との間のスペースで空気の対流が起き、寒く感じてしまったのだ。寝袋の端を手繰り寄せて体に密着させれば解決するが、寝相の問題もあり単純には行かない。暖かい空気が簡単に外に漏れてしまう。それを防ぐ役割がダウンの衣類にあるのだと認識できた。ULの理論がまっとうに通用するのは11月までが限度、それ以上寒くなればプラスアルファの対策が必要。 寝袋の改良点。 寝袋内を薄着にしたときに、体に密着させるための改造を施す必要アリ。 アイデア① ドローコードを寝袋内部に足元から頭のほうにとぐろ状にループで引っ掛けて取り付け。ループは縫い付ける。頭のほうでドローコードを引っ張ると寝袋全体を引き締め体に密着させる方法。ただしコレだと幅と一緒に長さも圧縮されてしまいそう。 アイデア② より簡単な方法。サイドジッパーより5センチくらい内側に何箇所かボタンを縫い付けて下面と上面をボタンで留めれば内部空間を狭くできる。これなら縦の長さは替わらない。暇なときに試してみる。 火器 ![]() 今回はエスビットの固形燃料を使用。燃焼台はアルミ缶を切って自作。切るだけで簡単。五徳は地元のショップがワークショップで作った物を譲ってもらった。鍋が安定して良好。鍋の取っ手と風防が干渉しない高さで大変便利。ステンレス製。鍋やストーブには大して不満が無く、ぜんぜん買い替えの必要が無い。カルデラコーンがたまに欲しいなと思う程度。壊れない限り買わない主義。 雨具 ![]() コレだけ。パンツは省いてしまった。3M社のカッパメイトは柔らかいので、着たまま寝ると朝テント内で動くのが楽で良い。頭や肩が結露に触れても問題ないから。省いた下は7分丈にカット済みで90g。上着の袖のゴムのシャーリングには切れ目を入れて開放している。コレで着易くなり換気も良好。ただしLサイズでも袖が短すぎ。175センチの自分でギリギリ感。上で140g。上下セットでも230g。今回雨具の下はパーテックス素材のウインドパンツで併用。小雨や雪程度なら問題なし。ゴアテックスのソックスは防水&防寒と大活躍。ワンサイズ大き目を選んで正解。通常26.5の靴をはく足のサイズで28センチを選んだ。多少靴の中にしわが寄るが問題ないレベル。27センチだと着脱が困難。レインミトンも主に防風&保温に役立った。結露に濡れたツエルトを片付ける際にも役立った。雨が確実なら傘は持ったほうが良い。 シューズ ブルックス カスケーディア6 27センチ 以前から感じていた靴に対する不満はハイカーズデポさんで薦めて頂いたこの靴で解決済み。指先が自由に動き、がっちり大地を掴み取る感覚に優れている。大き目の27センチを選んで正解。8日間の歩行で何の不満も感じなかった。足裏の感覚には個人差があるが、小学校の頃は外も内も毎日素足だったことが大きいと思う。玄関に足を洗うプールがあった小学校でした。 軽アイゼン カツーラ マイクロスパイク サイズM ![]() 甲武信ヶ岳手前から雁坂峠手前までの区間で使用。12月に入ったら標高2000以上の区間では出番アリ。雪そのものより凍結箇所において活躍。降りたての雪はふわふわしてアイゼンの必要はありません。クッション性があり、かえってグリップが効きます。雪が20センチくらい積もったトレイルは実は歩きやすいと思います。解けて凍結した後が危険。着脱を頻繁に行う際は手首に引っ掛けながら歩くと便利。 ![]() ![]() トレッキングポール ディナフィット セブンサミッツ スキー用(最大長140センチ、最小100センチ) ![]() ※ポールの写真は過去のものを転用 もともとは150センチまで長くなりますが、長すぎるのでカットして使用。最小サイズの100センチをデフォルト状態にして使用していました。力を入れてもそれ以上縮まないので調節のストレスがない。基本平地ではポールを使わないので、短いほうが登り下りの際に使い勝手が良い。グリップヘッドがしっかりしているので短い状態でピッケルのような感覚で不整地で使える。前回の谷川岳縦走でトレラン用の折りたたみポールを派手に壊したので実際はコレしかなかったのですが、今回改めて使ってみて使用感が良かったので今後はこれ一本で行くつもり。下がカーボン、上がアルミの2セクションタイプ。一本240g。ディナフィットからはこの機種の上位モデルとしてオールカーボンシャフトの軽量モデルもあり。1本190g。高いのでセール待ち。 就寝時の下着 ファイントラック フラッドラッシュ長袖上下 ![]() 今までは寝るときにも行動着のまま寝ていましたが、長期山行の場合それだと寝袋内が臭くなり不快。SASのサバイバル教科書にも「寝るときは乾いた別の服に着替えるべし」と書いてあったので今回は着替えを用意。結果はすごく快適でした。寝るときに行動着を着込む際でも下着を代えるだけでぜんぜん快適になります。上下で200gちょっと。本当はこの下着1枚でも暖かく眠れる1キロ以上の寝袋を持っていくのが一番快適かもしれません。 ※モンベルのダウンハガー#0番(1.3キロ)を持っているので、12月なら単純にそちらを持っていけば良いのですが、今のところ抵抗しています。モンベルの背面のダウンを抜いて生地も切り取り、どうにか1キロくらいに改造できないかも検討中。 総評 今回は就寝時以外の装備は概ね問題なし。特に改造したダウン短パンの性能は素晴らしかった。ナンガのダウン短パンを買うか本気で検討中。あとダウンベストは使い方の工夫で色々な活用方法がある。これはオリジナルの使い方なので内緒にする。滑稽だしね。寝袋システムの防寒性アップと結露対策に関しては具体的なアイデアがあるので頑張って自作してみます。次回は4月のスキー縦走まで時間があるので仕事場の雪山(スキー場中腹)で色々実験しておきます。今期は12月の信越トレイルにいけなかったので、恒例の4月のスキー縦走は必ず成功させたい。あとは尾瀬横断スキーツアーとか。 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら ![]() ※三条の湯のテント場 5日目の2択 ①三条の湯で一泊、ゆっくり湯治。 ②温泉だけ入り、丹波山村に下り食料補給 この時点で抱えていた問題点 ①三条の湯は平日12時からの入浴 ②実は食料が空っぽ ③この日中に丹波山に下っても「のめこい湯」が定休日(木曜定休) ④三条の湯で入浴後、サオラ峠~丹波山村へ降りても夕方4時~5時でギリギリ(郵便局は5時まで) 三条の湯に午前11時ぴったりに到着。小屋番の青年と話すと、多少事前情報と異なる答え。三条の湯のHPでは平日は12時からの入浴との情報でしたが。実際は宿泊客の予約が無ければ風呂は沸かさないとのこと(鉱泉を薪で沸かしている)。もちろん今夜は予約無し。ただし1時間程度待ってもらえればこれから沸かしますよ、との答え。実は想定内で1時間早く到着していたので待つのはまったく問題なし。予定どうり12時から入浴。入浴料500円。問題①はクリア。 気分的には疲れを癒すために山間の温泉地に一泊したかったのですが、食料が尽きていたのでどうにもなりませんでした。ダメもとで夕食だけ頂くことが出来るか聞いてみると、ありがたいことに可能だそう。夕食のみで別途1200円!これは利用しない手はないでしょう。朝食も別途対応OKですが今回は無し。早速テント泊も申し込みました。テン泊料金500円。※テント泊をすると入浴料は200円割引となりキャッシュバック。コレで問題②③④は解決。今晩はゆっくり休んで食料補給とのめこい湯は明日でOK。すべて丸く収まりました。 温泉について 5日間山の中をほっつき歩いてきたわけですから熱いお湯に浸かれるだけで天国。体がとろけそう。景色も抜群。石鹸は使用不可。湯船から出たらすぐに蓋をしないとダメ。自分の垢だと思ったら湯の花でした。体を手拭いでごしごしこすって、ヒゲも剃って、歯も磨いてさっぱり。これで今夜はぐっすり眠れそうだー! 雨の午後と夕食 湯から出たら即テントへ。ポツポツと雨が降ってきましたが、この時点ではまだ小雨。安心して5時までぐっすりお昼寝。あったかい。5時半から夕食。本来6時からですが「暇でしょうから」といって早めていただきました。「力を入れています」と青年が言っていた通りのご馳走。美味しかったのは生野菜のサラダ、塩味の天ぷら、ローストした鹿肉(オーナーさんが猟師だそう)、そして驚くほど美味しかったのが「ごはん」です。私は日本一美味しいコシヒカリを毎日食べている新潟は南魚沼の人間です、その私が「すげー美味しい!」と唸るくらいなので信頼できる評価だと思いますよ。ごはんは「おひつ」でどーん!と出てきますので、ほとんど全部頂きました。この白いご飯だけでも1200円の価値はあります。美味しさの秘訣を聞いたところ、まったくの普通のお米、しかも山の中ですので無洗米、けれどもやはり水が違うそうです。岩の間から湧き出る清水には豊富なミネラルが含まれており、そのミネラルが美味しさの秘密ではないか?とのこと。青年もよくお客さんに褒められながらも半信半疑だった様子ですが、米どころ新潟の人間に褒められたので確信を持ったとのことでした。大丈夫、あんたの焚いたお米旨いよ!あとほうじ茶もね。 この青年はかなりナイスな人柄。おしゃべり好きらしく、夕食後もストーブにあたりながらお互いの話で盛り上がりました。前任の小屋番さんから交代してまだ間もなく、寒い冬が不安だそうです。夕食後また温泉に浸かり8時ごろ就寝。雨はこの頃から激しくなってきました。 雨の夜 ツエルト内は激しく結露。テンションも緩んできます。天上は目止めしていましたが、中央から垂れ下がる紐から案の定ポタポタと水滴が落ちてきました。この現象は2回目なので想定内。即興で対応策を考えて処置。寝袋は濡れたツエルトの壁面に当たったりで結果的には濡れてしまいました。特に足元が致命的。予想していたので朝のスムーズな撤収も考慮して雨具を着こんで就寝。最低限のロフトは維持しつつなんとか熟睡。3時ごろ目覚めると雨の音はもうしませんでした。 ![]() 6日目の朝 6時に撤収、7時出発の予定で5時ごろテントのドアを開けるとさあ大変!真っ白。雨の音がしないと思っていたら朝方から雪に変わっていたようです。 ![]() トイレ脇にある洗面室のような小屋(明かり有り)で荷物をパッキング。洗濯機やガス台もおいてありましたが使えるかどうかは不明。真っ暗な中、しんしんと雪が降り積もります。5センチ程度。7時、青年が起きてくるのを待って出発。挨拶を済ませて再会を約束。またくるぜ! ![]() 下山ルート 当初はサオラ峠を通過して丹波山村に下りる計画でしたが、雪のせいでなにかと不安でしたので青年と相談した結果、林道を使って下山。色々な方がこの林道歩きを「退屈」と評していましたが、安心感のなか、雪景色を眺めながら歩けるのはめったにない事、と考えて決定。後半さすがにちょっとダレましたが、安心安全なスノーハイキングを楽しめました。ラッキーです。途中登山道から林道に出たところで下から上がってきてそのままUターンしている足跡と遭遇。つい今しがた出来た足跡だったので急ぎ足で追いつくと、ハードシェルの上下と登山ブーツの若い男性の登山者でした。聞けば雪降る中上がってきたけれど雪がやむ気配もなく、冬山装備でもないので怖いから止めときます、とのこと。雲取山にでも行くのかな?と尋ねると、三条の湯に日帰り予定だそう。え・・・?今日なんて最高のハイキング日よりなのに、雪なんて5センチくらいしかないのに、三条の湯までなら登山道というより遊歩道なのに、自分なんてスニーカーとカッパなのに。と言っても彼の気持ちは変わらなかった様子(※雪国の人間と関東の人の間には「雪」という物に対する認識の差がはっきりあるようです)。すぐ先のゲートまで車で来ているとのことなので、「しめしめ丹波山まで送ってもらおう」と考えましたが、どうももじもじしてゆっくり歩きたそうなので先に行くことにしました。「車で追いついたら乗っけてね」と言い放ち先を急ぎます。バス停のあるお祭りまで到着。丹波山村まで4キロ、結構アップダウンのある道路を歩き始めて30分くらいするとさっきの青年が車で追っかけてきてくれて便乗、のめこい湯まで送ってくれました。ありがとう。ここまでで10時半。 丹波山村にて のめこい湯は道の駅に併設された施設で行政が管理しているようです。道の駅にはお土産処と食堂があり、裏手に川を挟んで温泉があります。入浴料700円。立派な施設です。温泉は源泉かけ流しではなく循環式だと思います。泉質は普通。三条の湯に割引券有り(100円引き)。 郵便局はのめこい湯から徒歩10分くらいの場所。メイン通りから少し奥まった場所にあるため絶対素通りします。村人にきいてようやく到着。無事に荷物回収。怪しい局留めの荷物を不思議がり、あて先もどうも丹波の住民ではないようだと、心配して記載された電話番号に連絡をしてくださっていたみたい。事前にいきさつを連絡しておいたほうが親切でしたね。受付のお姉さんが美人。 11時。のめこい湯に戻り入館。ここで交渉。昨晩濡れてしまった寝袋を何とかしないとその後のハイキングに支障をきたします。最悪中止も考えました。まずは受付で乾燥室があるか質問、当然そんな物はないので相手は困惑。そこですかさず「温泉施設があるってことは、きっと大きなボイラー室がありますよね?そこになんとか寝袋を干してもらえませんか?」と解決策を提案。すんなりOK。施設の利用時間は3時間以内ですので乾くかどうか不安でしたが、とりあえず安心。半分も乾けば上出来と思いながら早速入浴。旅の垢は昨日の三条の湯で落としていますので、石鹸とシャンプーだけ使って5分で入浴完了。のめこい湯では携帯やデジカメのバッテリーの充電と荷物の仕分けのほうが優先事項。衣類の洗濯も考えましたが時間の都合で断念。 ここで思案 この先のルートの選択ですが、実は予定を1日オーバーしており、この日中に三頭山手前まで近づかないと最終日にゴールの高尾山まで届くかどうかギリギリのライン。できれば高尾山には昼過ぎに到着して八王子のフロッピイで温泉に入りたかったのです。そこで頭をフル稼働させて考えた結果、丹波山村から三頭山へ向かう登山道はパスし、バスで奥多摩湖まで移動。「山のふるさと村」という施設があるのでその周辺で一泊。翌朝三頭山まで沢沿いの道を歩けば早い時間に登頂可能。その後の行程に支障なし。という算段でした。奥多摩方面へのバスの時間まではあと1時間。あわててパッキングを済ませて行動開始。結果2時間ほど滞在。寝袋を受け取り郵便局へ。寝袋は笑ってしまうくらいにブリンブリンになって帰ってきました。係りの人が「袋にはいりませんよ~」と焦るほどに。どうもありがとうございます。今後同じように寝袋を濡らしたハイカーが着たら同じように対応してあげてください。 ※ばたばたしたせいで丹波山村内での写真がまったくありませんでした。失敗。 余分な食料と不要な装備(アイゼンなど)を再度梱包して自宅に送り返す必要があったので、また郵便局まで移動。送料は新潟まで1000円。着替えなども最初に食料と一緒に送っておけば、ここからゴールの高尾郵便局に再度送る方法もあり。綺麗な格好で都内を移動したい場合は有効な手段。今回はしませんでしたが、そのほうがスマートでしたね。郵便局の局留めは1週間までですので、自宅から別便で着替えをゴール地点に送るのは7泊8日の予定では不可。たぶん電話しておけば数日なら超過しても大丈夫らしいのですが、途中で何があるかわかりませんからね。今回もゴールは奥多摩に変更しようか考えましたので。 ※道の駅ならたぶん宅急便サービスがあったと思います。後になって気が付きました。安いし近い。 郵便局の前のバス停から奥多摩行きのバスに乗車。バスは1日4本しかなく。朝一本、午後3本です。大河内神社前のバス停で下車。奥多摩湖をドラム缶の橋を渡って横断。山のふるさと村まで湖畔の遊歩道を歩いて到着。バスの運転手さんの話によると、先の地震の際に奥多摩湖の水が何十年ぶりで干上がり、死体がゴロゴロ出てきたそうです。やな話聞いたよ。湖畔を歩くの怖いじゃん。 ![]() 山のふるさと村 帰りに寄ったハイカーズデポさんで聞いたら一昨年の「ツエルト&タープ講習会」を開催した場所がこの「やまふる」だそうです。奥多摩湖をはさんで雲取山方面を見上げる抜群のロケーション。おもわず「ここでビバークしてえ」と唸りました。湖畔にツエルトを張りましたが、たぶん違法キャンプだったと思います。園内にキャンプ場がありますが、当日の申し込みには対応していないそうです。キャンプ場のある場所のすぐ上から沢沿いに登山道が三頭山まで伸びており、この沢沿いにビバークポイントは多数ありますので安心してキャンプしたい方はさらに足を伸ばしてください。 ![]() 7日目 湖畔の情緒ある風景が良かったので朝起きて写真撮影。7時過ぎに出発。のめこい湯さんで復活した寝袋のおかげで温かく眠れました。送っておいたお菓子やおつまみでお腹もいっぱい。ここからは奥多摩湖に流れ込むサイグチ沢に沿って遡上。三頭山手前のサイグチ峠を目指します。雪が降った翌日なので滑りやすい尾根道をさけてこのルートを選びました。通常は三頭山に登るには使わない道かもしれませんが、甲武信ヶ岳への千曲川源流ルートと同じく、沢沿いの道は登るのが簡単。大正解でした。 ![]() 9時、サイグチ峠到着。10時20分、三頭山登頂。ピークがいくつもあるので困惑していたら「頭が3つあるから三頭山」でした。富士山が綺麗。後ろを振り返ると越えてきた奥多摩奥秩父方面が良く見える。はるばる良く歩いてきたもんだ。ここから先は日帰り登山客が大勢。みなさん雪が目当て。会う人会う人に今までの行程を聞かれるので説明するだけで先に進めない状態に。リップサービスすると色々ジュースとか水とかもらえるので良しとする。ここから高尾方向に伸びる笹尾根は有名なトレランレースのコースにもなっており、緩く下り傾向なのでたまに走ったりしてみる。7日目にしては元気。油断して転倒。指先が紫色に変色。痛い。 ![]() ここで検討 コースタイムどうりに行けば生藤山までが限度。その先の陣馬山は昨年ビバークした場所で、広々とした良い場所。夜景も綺麗なので、出来れば陣馬山まで進みたかった。また、水場が少ないため陣馬山手前の和田峠まで行けば水場があり安心だった。三頭山で仲良くなったベテラン登山家風の男性に聞くと「3時間くらいで生藤山、プラス1時間で陣馬山。余裕だよ」と教えてくれたが、どう考えてもトータル7時間はかかるはずだった。どうもこの手の登山家は見栄をはるので信用できない。とりあえず生藤山でビバークと決めてハイク再開。 まだまだ雪の残る笹尾根を快調に飛ばして夕方までノンストップ。飛龍手前のシャリバテの二の舞にならないように短時間の休憩&行動食は欠かさないように注意。寝袋も都度天日干し。日差しは暖かいので短パン姿で歩く。すれ違う熟年ハイカーさんたちはものすごい厚着で笑ってしまう。老人は代謝が悪いから汗もかかないのか。 ![]() この間はあんまり山の名前も気にしないで歩いた、写真もあんまり無い。3時。生藤山手前に東屋がある峠に到着、水場も歩いて5分の表記。ここでも良かったが後ろから追ってくるカップルがここで泊まるようなことを言っていたのでお譲りすることにした。予定通り生藤山へ、ビバークできる場所があるかどうかは不明。日没直前の4時に生藤山手前の三国山に到着。ビバークできそうな場所。富士山も綺麗。すぐ先の生藤山へ行ってみたら急登をした上部に頂上がありビバーク不可。素直に三国山に戻ってツエルト設営。食事を終えると水が残りわずか。 ![]() 皆既月食 電波が入るのでツイッターを見ると皆既月食とのこと。そういえば昨日の奥多摩湖湖畔は月明かりがすごかった。今夜は月明かりで陣馬山まで歩けるかもしれないと考えた。とりあえず月食の始まる10時まで寝る。正直あんまり月食には興味なし、一応チラッと見る。ふうん。夜間歩くのは寒いので却下。明日朝早起きすればおんなじこと。 8日目 熟睡して5時半起床。6時行動開始。月がまだ明るい。暗くても歩けるレベル。6時半日の出。8時過ぎに和田峠に到着。有料駐車場と有料トイレあり。日中はお店が開く様子。週末だけかな?ロードバイクの集団が多数。部活かな?水は沢の水で飲料不可。この旅で初めて浄水器の出番。ここの水場は蛇口が2つあり、一つは直に水が出ますが、もう一方は一旦樽に水が流れて不純物を沈殿させ、上澄みがホースから流れる仕組み。当然浄水するにも綺麗なほうを利用。水の色がぜんぜん違います。写真に収めれば良かったな。 9時、ゆっくり巻き道を歩いて陣馬山に到着。すでに多数の人。さすがに日曜日。ちょうど売店がオープンする頃なのでおでんを注文。30分ほど休憩。昨年来たから写真も無し。トイレを済ます。寝袋を天日干し。トイレから帰ると風に飛ばされてドロの上に落ちていた。目の前に人がいたけれど知らん顔。冷たいぜ。 高尾山に向けて最後のハイキング。目の前に山ガールが1人で歩いていたけれど、この女子がまた歩くのが早くてついていくのがやっと。おまけに絶対に巻き道を通らないでガンガン登って行く。つられて歩いてハイペース。あっというまに影信山。激混み。もちつきしてる集団までいる。その杵と臼はいったいどこから?先の山ガールは結局後姿だけ。顔は見なかった。夢は残しておこう。30分ほどゆっくり休憩。湯を沸かして昼食。人が多いので雪どけ後の地面がぐちゃぐちゃ。残りの道を高尾山までゆっくり歩いた。 ![]() なぜゴールに高尾山を選んだかという理由の一つには。孤独な山旅からすぐに日常に戻るとあまりにもギャップがあるので、日常に戻る前のワンクッションとして、人の多い高尾山を通過することで「ああ、自分もこの俗社会の一員だった」と認識するためである(笑) ![]() 1時40分。予定通り高尾山へ到着。短パン姿で埼玉秩父から縦走してきた異様なオーラをまとい凱旋。ひそひそ声も聴こえてきますが、一切気にしないメンタルは持っている。広場の水道で洗濯。体は何回も風呂に入っているので平気だが服は臭い。とりあえずすぐに乾きそうなウインドジャケットとウインドパンツを石鹸で洗濯。30分で乾く。ファイントラックのメッシュ下着も上下洗濯。これは乾かなかった。ツエルトも乾燥。パッキングしなおして下山。意外と高尾山は下山に時間がかかる。下のほうは観光客ばっか。ケーブルカーではなくリフトで下山。床が動くリフトは初めて見た。勝手が分らないので乗るのに失敗。係りのおじさんにおこられてしまった。3時40分、無事下山。 7泊8日、奥秩父から峠を越え越え、高尾山までの上京トレイルを無事に完結。高尾山のリフトを下る途中で観光地に良くある「勝手に記念写真」を撮られますが、これがまたトレイル制覇のよい記念写真というか証明書となりました。700円でも購入の価値アリ。また格別の思い。お疲れさまでした。三鷹経由で新幹線で帰宅。 感想 栃本スタートを午前中に出来ればずっと楽になる。中盤の奥秩父~奥多摩間の主脈縦走路はやはり時間がかかるし何より夜は寒い。食事は3食きちんと摂取する計算で前半3日分セットしたので1日下山が伸びても何とか対応できた。長期縦走の場合、休憩や食事は義務である。怠ると体調を崩しかねない。今回就寝時の防寒対策は失敗。トップキルトを持つべきだった。8日間中1日のみが雨、それでも1回寝袋を濡らすと致命的、雨対策は必要。中間の休養&補給は思ったよりスムーズに行かなかった。のめこい湯の定休日に注意。あらかじめ予備日を1日取っていたので安心だった。ルートの選択は重要、目的地が同じでも沢筋の道を有効に利用したのは正解だった。下山後の着替えは送ってでも用意すべき、服は臭くなる。体の痛みは無かった。足のトラブルも皆無。最後まで軽快に歩けた。 写真はウェブアルバムで 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら ![]() 3日目がスタート。6時半行動開始。千曲川の源流を甲武信ヶ岳に向けて遡上するトレイルです。稜線歩きや尾根歩きと異なり。すんげー楽ちんな道!今回の山旅で最も楽しかったルートですね。ただし谷間で日が当たらず、水辺は凍りついていますので、途中からアイゼンが必要。緩いのぼりが標高2000以上まで3時間ほど続き、最後は30分の急登をスイッチバックで登りつめると稜線に出る感じです。そこから頂上までは30分ほど。2500近くの高山にこんなに楽チンに登れるとは意外でした。このルートは夏なら涼しいし水もあるしで魅力的ですね。暑ければ川遊びも出来ますし。源流が流れ出す場所で水を補給。 ![]() ![]() ![]() ![]() 甲武信ヶ岳手前の稜線上、日が差し込んで暖かい。中年男性の姿有り。「山岳部出身だから大丈夫」といってアイゼンもストックもなしに凍った斜面を降りていきました、どう見てもふらふらと大丈夫ではない様子。明るい尾根道を進むとすぐに山頂。富士山が一瞬見える。寒いので写真を数枚とってすぐに甲武信小屋へ。風もなく小春日和。簡易トイレで用を済ませて寝袋を天日干し。水は出ていない。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 小屋を出て破風山小屋へ。思ったよりも結構時間がかかる。2日前に降ったという雪は所々に残る程度ですが、露出した土は凍っていますのでアイゼンは付けっぱなし。1時過ぎに破風山小屋到着。風が強い。暗い小屋の中で昼食。すこし頭痛と寒気に襲われる。薬を飲む。食べないと午後体力が持たないのでしっかりカロリー摂取。昼食はすぐに作れるカップラーメン系。新潟限定のかにだし塩ラーメン。2時出発。風と霧で超寒い。雨具とダウンを着こんで出発。破風山の手前で携帯の電波が入る。職場から着信有り。連絡すると仕事のことで店長と口論になる。テンションが上がったせいか、なぜか血行が良くなり指先までぽかぽか。今後寒いときは店長に電話だな。調子が出たので「おりゃー」と破風山を越え、一気に雁坂峠までノンストップ。アイゼン(マイクロスパイク)は付けたり外したりなのでザックに仕舞わずに手首に引っ掛けてストックを握る。途中2名の登山客とすれ違う。破風山小屋で宿泊とのこと。4時で雁坂峠、雁坂小屋まで下って4時半。水を補給し、ツエルトを張ると5時で真っ暗。 ![]() ![]() ![]() アイゼンの使用状況 12月2日に降った雪が凍結。甲武信ヶ岳周辺は常にアイゼンが必要。大体2300mから2200mの間が使用の有無の境界線。甲武信ヶ岳から雁坂峠まではほぼ使用。たまに外す程度。脱着が容易なマイクロスパイクはとても便利。すれ違う登山者の皆さんはアイゼン未使用でヨチヨチ歩き。 雁坂小屋の近くの水場について。 水の入った樽?には暑さ5センチほどの氷が張っていましたが、そばにあった石で叩き割り無事水確保。暗かったので水が綺麗かどうか分らない。もしかしたら鹿がぺろぺろしていたかも知れない。浄水はしないで飲みました。とりあえず無事。 夜。 日没直後は風もなく暖かく感じました。夜になるとさすがに冷え込み、最低気温は-8度、ツエルト内で-6度。寝袋の表面は体内から排出された湿気が凍りつき、パリパリに。結露は完全に凍りつく。やはり標高が2000以上あると冷えます。それでも深夜までは暖かさも感じながら必要な睡眠時間は確保できました。深夜以降、暇な時間は携帯に昼間の行動をメモで記録。ツイッターの下書き機能はメモ代わりに使えます。雁坂小屋周辺は電波無し。 4日目 朝6時に撤収。6時半、歩行開始。雁坂峠から雁峠までは笹原で足元が濡れますので足元の防水は必須。今回はシールスキンズの防水ソックスにするかロッキーのゴアソックスにするか悩みましたが、装着時とそうでない時の靴の中の厚みの差が少ない点でゴアソックスをチョイス。8時、古礼山に出ると富士山がどーん!携帯が繋がる。写真撮影。ツエルトと寝袋を天日干し。軽く朝食。昼には雁峠に到着。巻き道を通り将監小屋まで一気に歩く。ここで急いだせいでシャリバテになる。昼食をしっかり摂ることを怠ってしまった。将監小屋でやっと食事。水を補給。寝袋を乾燥。一休みして飛龍山にむけて出発。今回の旅で一番の難所がこの飛龍山手前の上り坂でした。先ほどの疲労が回復せず、「もう、動けねぇ・・・」となってしまう。体ごと引きずるように歩くも、なかなか目的地まで到着しない。かといって手前にはビバークできるような場所は皆無。翌日は三条の湯で湯治と決めていた、三条の湯は入浴が12時からなので、この日は急ぐ必要は無かった。この場合は手前の将監小屋で幕営でも良かったほど。日没直前の4時半、何とか飛龍山分岐点まで到着。テントひと張り分のスペース有り。 ![]() ![]() ![]() ![]() 冷たいテント場と山と道マット ん?なんだか怪しい黒い土。水分が凍っては溶け、凍っては溶けを繰り返しているような湿気の多さ。テントシートを敷いてから靴を脱いだ足で立ってみると、まるで雪の上のような冷たさです。ああ、ulgoodsさんが難儀したのはここだったのか。夕食。今回初めて作ってみたフリーズドライの麻婆茄子をつかったうどんのジャージャー麺が激うまだった。食事完了。カロリー摂取。ところが山と道ULパット15Sを2枚重ねていても背中が冷たい。このマットはリッジレストよりも暖かいという評価であるが、雪と同等と思われる凍りついた黒土の上ではその評価は疑問だった。私の場合、普段の雪山ではリッジレストを2枚使いで問題なしだった。R値が不明ながら「リッジレストより暖かい」はずの山と道マット、確かに寝袋の中にじかに敷いて背中を付けるとぽかぽかと暖かい気がしますが、あくまで気がするだけで実際の断熱効果とは異なるように感じます。個人差があると思いますが、自分の場合は雪山不合格。同じ山と道15プラスなら15Sと重ねて雪山使用可能と思います。これはほんの少しの差。あとは衣類の差かと思われます。この夜はダウン衣類は上掛けにしたため背中はファイントラックの下着でじかにマットに触れていたので。それにしてもこの場所は呪いのテン場です。要注意! ![]() 5日目 この日は三条の湯へ降りるためゆっくり起床。夜間背中が冷えて眠れなかったため、日が昇ってからもうとうと出来ました。9時半出発。北天のタルからの分岐に従い三条の湯へ。トラクターで何かを荷揚げしている形跡があり、登山道は掘り起こされた畑のよう。ドロだらけで滑るので慎重に下山。11時、ようやく三条の湯へ到着。 ![]() つづく・・・ 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら ![]() ※秩父鉄道ローカル線の旅、こんな駅名が・・・ 朝9時の新幹線で越後湯沢から熊谷まで。秩父鉄道で三峰口。バスで栃本関所跡までの行程。ここで調査不足が露呈してトラブル。駅前からなんの疑いも無く乗った西部観光バスは栃本関所跡までは行かず、近くの川又までしかたどり着けない。正解は大滝温泉で降りて市営バスに乗り換えか、駅前から直接市営バスに乗って同じく大滝温泉~栃本関所跡行きに乗るかのどちらか。親切なバスの運転手さんに説明してもらうも、結局早く到着したければ、そのままのバスで行き、単純に川又から栃本関所跡まで歩けばいいとの結論。実際たいした距離でもなさそうでした。ところが川又に到着してみると、実際には連結しないはずの川又~大滝温泉行きの市営バスが、時間遅れでバス停に止まっていました。そちらの運転手さんと目が合い、「のってくか?」と聞かれたので、「うんうん」と大きく頷いて飛び乗った次第。ラッキー。 ![]() 栃本関所跡へのんびりとバスに揺られ山間集落を眺めながら到着。運転手さんに見送られながら下車。近くにトイレがあったので用を済ませて出発。しばらくは舗装道路を歩いてから入山。この時点で午後2時。ちゃんとバスの乗り継ぎを調べればもっと早く到着できたかもしれません。 ![]() この時期の日照時間を考えると、行動時間は4時までの約2時間。当初は2里観音まで行ければと思っていましたが難しそう。途中でビバーク地点を探しましたが、低山の里山でトレイル脇にはブッシュが盛大に生い茂り、ちょうど良い空き地がありません。結局日没後の5時まで歩いてかろうじてツエルトを設営できそうな場所に落ち着きました。もう真っ暗。※実は1時間ほど手前にビバーク適地がありましたが、まだ日があったためスルー。疎林で落ち葉の集積地。激しく後悔。 ![]() ※こんな感じでトレイル脇はブッシュだらけ ここで注意。 栃本関所跡から先の登山道に歩いて入山すると、すぐに神社があります。本来はそこで右に折れて尾根を登って行くのですが標識がなく、あるのは送電線へむかう案内板のみ、当然それではないだろうと判断し直進すると、崩れた斜面に出てしまいます。なんとなく崩壊したトレイルに見えなくもないため、自分は直進して崩壊斜面に突っ込んでしまいました。途中で気が付いて引き返したため、30分くらいは日没前の貴重な時間を無駄にしてしまいました。ここは注意です。 ![]() ※川又線5号方面へ右折 お金に余裕のある方はタクシーを使うと、栃本関所跡からさらに上にある林道とトレイルが交差する地点まで車で行くことが出来ます。約2時間は行動時間を短縮可能です。 ![]() なぜか寒い夜・・・ ビバーク地点がブッシュが生い茂る不整地だったため、ツエルトは本来の姿では設営できず、フロアをオープンにして変則的に張りました。結果、夜間隙間風が吹き込んで寒かったです。標高は1400くらい。最低気温はマイナス4度ほど。初日の緊張感や不安感もあり、いつもより体感温度に違いが出たのかもしれません。 ![]() 実際の装備 出発前にさんざん悩んだ挙句、前回の記事で掲載した写真とでは若干異なる装備となりました。ザックはより小さく、雨具は上のみ、防寒具はダウンベストとダウンハーフパンツとしました。出発まえの天気があまりにもぽかぽか陽気だったものですから・・・。 ![]() ![]() ![]() 2日目(二里観音手前~千曲川源流付近) 朝は日の出が6時半。すぐに行動開始。地図には記載のある一里観音は結局どこにあるのか分らなかった。二里観音に到着し朝ごはん。忘れずに寝袋は天日干し。今回は休憩ごとに寝袋を乾かした。すぐに取り出せるようにザックの一番上に入れるようにした。非難小屋は怖いので開けない。のぞき岩から甲武信ヶ岳を眺める。奥多摩方面へと伸びる奥秩父主脈縦走路の稜線ががくっきりと見える。遠く南アルプスも見えるぜ。 ![]() ![]() 続いて四里観音に到着。水場、トイレ、非難小屋あり。水場は少し谷を下ったところ。初日のスタートが午前中ならここまでこれます。ただし日照時間の短い冬場は微妙かな? ![]() ※写真はトイレ ここで注意。 四里観音に到着する前に赤沢山という場所を北面からトラバースして巻きますが、このエリアは道が崩壊しつつあり危険。赤テープを慎重に探して通過する必要があります。12月や4月で降雪や残雪がある場合は特に注意してください。 ![]() 午後1時過ぎに十文字峠に到着。ずっと日の当たらない北面のトレイルを短パン姿で歩いてきました。バックの中に入れた温度計は零度。でも零度にしては結構寒いな~、とおもって温度計を外に出して休憩していると、見る見る温度が下がり日中なのにマイナス7度でした。短パン姿では寒いわけです。慌ててダウンハーフパンツとウィンドパンツをはきました。十文字峠の営業小屋は冬季一部開放。水場は5分ほど下ったところ。自転車を担いで上がってきた人がいてびっくり。かなりの変人。 ![]() ここで選択。 十文字峠から甲武信ヶ岳に行くには、通常なら一直線に稜線のルートをたどりますが、この時期鎖場のあるような稜線歩きは極力避けたいので、出発前から却下しています。案の定この時間では稜線を歩いて甲武信ヶ岳には到着できません。予定どうり十文字峠を越えて長野県側に降り、千曲川源流付近でのビバークとなりました。川原の冷たい風を避けるため、少し森の中に入ったところにツエルト設営。素晴らしい場所。ちなみに橋の周辺はキャンプ禁止の立て札が・・・、少し登ればいくらでも適地あり。林道終点付近でツエルト設営。標高1500。 ![]() 防寒具の軽量化について 今回は直前で防寒具を簡素化しています。寝袋についてはハイカーズデポのダウンバック(デフォルトで羽毛量260g、総重量590g、マイナス6度対応)を追加で羽毛量100gブーストアップしてもらっており、単体でもマイナス8度くらいまでならokと踏んでいました。昨年と一昨年の奥多摩・奥秩父山行でも最低気温がマイナス8から10度ほどでした。今回は防寒具を軽量化するに当たり、保温力不足を補う対策として、「なるべく標高の高いところでは宿泊しない」というルールを設けました。「標高1000から1500前後ならより暖かく、その分防寒着を省ける」。という仮説のもとでの軽量化でした。一週間という長い行程なら幕営地の選択は自由度があると考えました。 2日目は標高約1500、日が暮れて-3度ほど。風もなく暖かく眠れました。朝方はさすがに寒く、外気温-8度、テント内-6度となり、結露は凍りつきました。今回は寝袋内の温度も測るようにしましたが、暖かく感じるときは25度前後、寒く感じる時は20度前後だったようです。寒さは単に気温だけでなく、食事の量や精神的な影響もあると思います。同じ条件下でも寒いときと暖かい時があるように感じました。朝方寒いのは割り切り、夕食後6時から深夜零時までの6時間睡眠が取れれば良しとしました。 中盤エリアに続く・・・ 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら ![]() 日本海側に住むハイカーにとって、奥多摩や奥秩父に入山する上での正面玄関は、よく考えたら「埼玉県の秩父側」、だということに改めて気が付きました。わざわざ奥多摩まで電車で行かなくとも、歩いて峠を越えればよいのです、なんたって歩きに行くのですから。 グリーン期の仕事が終了し、12月は長期山行が可能なため、可能な限り歩くことができるコースを考えました。 キーワードは ①新潟を出発し、埼玉側から東京まで峠を越えながら歩くこと ②次第に富士山に近づくこと ③長期で入山するため、どこかで食料の補給が必要。 上記のポイントを加味しつつ、一週間前後のコース設定とするため、以下のルートを選択しました。 「前半エリア」 奥秩父は栃本から入山し、十文字峠を越えて甲武信ヶ岳まで 「中盤エリア」 奥秩父から奥多摩までの主脈縦走路を歩く 「途中休憩&補給」 山間にある「三条の湯」、もしくは丹波山村の「のめこい湯」にて湯治 丹波山村の郵便局へあらかじめ局留めで補給物資を発送し回収 「後半エリア」 奥多摩湖周辺から奥多摩三山を跨ぎ、高尾山をゴールとする 歩きながらの体調や天候の状況によって、途中でコースはアレンジしながらと思いましたが、最終的には高尾山を目指しました。 ☆補給について 途中の郵便局を利用した補給を考えたので、前半~中盤の山岳エリアと、後半の里山エリアで装備の変更が可能でした。主に防寒具やアイゼンなど、後半以降要らなくなる物を送り返せば、無駄な物を持つ必要は無くなります。郵便局の局留めは保管期間が1週間ですので、例えばですがゴール地点に着替えなどを送る方法は、中間地点の丹波山村へ補給物資と一緒にゴール時用の着替えも送り、丹波山村で中継、高尾郵便局に再度発送すれば、保管期限の問題は解決します。※今回はそこまではしませんでした。 ☆食料について 今回は前半~中盤エリアを4日、途中休憩で1日、後半エリアを3日と設定し、スタート時は4日分の食料をパッキング。残り3日分の食料を郵便で送りました。 ※出発前にさらに追加 ☆装備について 前半はともかく、中盤の山岳エリアは甲武信ヶ岳で標高が2400以上あり、雲取までの縦走路は常に2000オーバーです。雨具は上下必要、防寒具と寝袋、マットやシェルターを合わせて就寝時はマイナス10度を耐えられる設定としました。後半は雨具はポンチョでもよく、不要な防寒具は途中で送り返すつもりでした。天気予報を直前までチェックすると、ちょうど中間の休養日・補給日あたりに雨マークでした。デジカメとスマートフォンを持ったため、重量のかさむ充電器や電池も食料と一緒に送りました。充電や装備のリセットで、のめこい湯さんを最大限活用する計画です。 ![]() ※準備段階の写真、直前に若干変更。 以上、諸々の準備をして、12月4日(日)の朝、新潟の自宅を出発。ゴールは東京都高尾山。付けた名前が「上京トレイル」。到着予定は12月11日(日)です。天気予報は概ね晴れ、途中1日だけ雨の予報。体調はまあまあ。では、行って参ります! 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
印象に残った点 ①壊れた物 コンパクトデジタルカメラ SIGMA DP1 トレッキングポール OD BOX FOX TAIL グローブ テラノバ ウルトラGLOグローブ デジタルカメラが壊れるという、初日のアクシデントで、モチベーションが著しく低下。このまま平標の山の家に2泊して下山しようかという勢い。良くある故障例らしいので修理に出すしかない。 平標山から谷川岳の縦走ルートは、特に中盤エリアがアップダウンがかなりあるので軽量タイプの連結式トレッキングポールの使用は避けるべし。刈り払い後の枯れた笹で滑って転倒した際にポッキリ死亡。2日目、3日目で2本とも。 テラノバ社の一部キューベン生地を使用したトレラン用の薄手グローブはあくまでラン用だった。トレッキングポールを酷使するような縦走ではすぐにつなぎ目が破れます。2~3回の使用と割り切って消耗品として使うならかっこいいのでお勧めですが。 ②2年前の同ルート縦走時との比較 ☆天候 前回は台風明けで暴風雨のなかの歩行と悪条件。気温は10度以下。 今回は晴天で紫外線がきつく暑さもあり、気温は20度以上。 ☆体力面 同じルート、前回より好天候、にもかかわらず、限界点がダウン。前回は12時間ぶっ通しで歩けたのに、今回は9時間で足が動かなくなりギブアップ。体重が5キロ増加、スキンズ未着用、暑さによる疲労、くらいしか比較材料がない。 ☆装備面 ●寝具 前回は最低気温が0度。8度対応の化繊寝袋とインナーダウン上下着用でもめちゃ寒くて眠れなかった。雨具や行動着も雨と結露でびしょぬれ。 今回は最低気温は13度くらい。1泊目のツエルト内は問題なし。2泊目の非難小屋内は湿った強風のせいで室内でも湿気で水滴が落ちてくるなか、化繊の寝袋と寝巻きで用意したファイントラックの撥水下着の長袖上下で非常にドライ。ちょっと寒かったけれど不織布の柔らかい雨具を着たら暖かく快適。木の板の上では山と道さんのULパッド15sマットがちょっと薄くて気になったけれど許容範囲。 ●行動着 前回の雨具はeVENT製の高級品、台風のなか大活躍。今回は天気は晴れの予報だったので、雨具は不織布製の3M社カッパメイト、出番は無し。その代わりウィンドジャケットとウィンドパンツで霧と強風を耐える。アプローチ用にと持った傘は不要だった。代わりに薄い防寒具を持ったほうが安心だった。朝露でやはり膝下は濡れるのでシールスキンズの防水ソックスが活躍。これは前回と同様。 ●シューズ 前回はモントレイルのナムチェ、インソールはデフォルト状態だったので足裏のアーチが崩れ足の裏が筋肉痛になる。 今回はブルックスのカスケディア6、インソールはスーパーフィート。 モントレイルはソールのシャンクが硬く、足裏感覚が希薄、小石が多い場所だと「弾かれる」感覚に不満有り。ハイカーズデポの土屋さんに相談するとブルックスのシューズを薦めてもらう。結果大満足。インソールも変えているので足裏のトラブルは一切無し。対策を施した結果効果があるのは大変気持ち良い。 ●装備重量 前回はベースウェイトが4.5キロ 今回はベースウェイトが3キロ 歩行中にザックが重くて降ろすシーンは1度も無し。重量面から来る疲労で座り込むこともほとんど無く超快適。ただし平標~谷川間は水場が無いので最低3リットル、夏場は4リットルは持つべし。 ☆食事 前回は買出しに行けず、おにぎりを大量に握って持参。おやつもありあわせ。寒くておにぎりは不評。 今回はここ最近定番のカレーうどん。やっぱりアルファ米は苦手だ。疲れたときは麺類が簡単で好き。 おやつは暑さ対策でカルシウム補給のため小魚をずっと食べていた。セブンイレブンの小魚&ピーナッツがいいね。そしてもちろん甘酒ラテ。大好きなつぶあんマーガリンは朝食用。エナジーバーやゼリーなど行動食は全体的にもう少し量があっても良かった。谷川岳肩の小屋で若干補給可能。ジュースは200円。水も好意でわけて頂いた。感謝。 ③サプライズ 今回はなんと言っても3日目の朝の谷川岳周辺の景色の素晴らしさ。群馬県側の一面の雲海に、晴天だった新潟県側とのコントラストが奇跡的。稜線からまるで滝のように流れ落ちる雲の様子を、いつもは下界から見上げていたけれど、今回は目の前でしっかりと見ることが出来ました。ああ、こうなってああなっているんだ!ブロッケン現象も始めて体験しました。 特にハイライトだったのが茂倉岳方面から見る谷川岳への稜線上を、群馬県側から風に乗ってぶつかってくる雲が、まるで竜の背中をうねるように渦を巻きながら眼前に迫ってくる様子、まるで雲海ショー。実物を目で見て初めて味わえる感動です。これは病みつきになりそうです。カメラが復活したら撮影目的でし茂倉岳に通ってもいいくらいです。今回は携帯電話の残り少ないバッテリーでかろうじて撮影。 ④茂倉岳非難小屋 ご推薦のあったとおり、新潟県側の管理する山小屋で非常に清潔で広く快適。冷たく旨い水場もあり。ただし水量は細い。馬蹄形縦走を2日で組む人にとっては絶対利用したい山小屋です。 ⑤携帯電話の電波状況 auのスマートフォンIS06を使用。平標~谷川~土樽間は稜線上では通話は不可ですが、3G回線を頻繁に拾うので予想以上にメールやツイッターが可能でした。安定しないのでネットは厳しいですが。実況ツイートは常に可能です。ISシリーズはバッテリーの持ちに難があるので、フル充電したバッテリーを3つ持参。残念ながらソーラーパネルからのUSBケーブルを介した充電はISシリーズは構造上不可。購入時に確認したのに店員が痛恨のミス。そこは追求しないけど。 ⑥帰り道 前日に計画した下山ルートは、谷川~蓬峠~土樽、でしたが、茂倉岳から先がちょうど風の抜け道で一面霧で真っ白。あっさり予定変更して、そのまま茂倉岳からの尾根道を下りました。が、この道が大変な悪路。尾根筋に強引に付けられた比較的新しい道なため、木の根が多く、かなりトリッキー。膝にきます。残りのポールもここで破損。登りも下りも避けたほうが無難。予定していた蓬峠からの下りは一気に下る急斜面もスイッチバック多め、一旦谷に下りたらあとは渓流沿いに道が付けられているため、水の補給も容易で安心して下れそうな雰囲気(あくまで推測)。次回は是非歩いてみたい。 ⑦土樽駅周辺 今回は偶然下山して10分ほどで電車が来ました。また、駅近くから越後湯沢駅に向けてバスもあり。電車を逃したらバスも有りです。駅の中には水道、自販機あり。残念ながらコーラは売り切れ。もちろん無人駅。利用者は3名。100%登山客。 ■■■追記■■■ 今回の旅路では平標山の家の山口親子と久々の対面。とくに長男のアキラ君とは二年ぶりの再会でつのる話も多く、すっかり話し込んでしまいました。彼は昨年オフシーズンに大峰奥駆けと四国お遍路を歩いてきたそうで、刺激的な話にいつまでも聞き役に回ってしまいました。彼は話も面白いので仲良くなると楽しいですよ。お遍路は難しいけれど、初冬の奥駆けはチャレンジしてみたいな。 てなわけで、谷川岳。再発見が色々あり、良い山旅となりました。 注、 補足ですが平標山の家へ向かう林道(平元新道)が大雨の影響で一部崩壊。徒歩の人は問題なく歩けるレベルで心配なし。 写真はPICASAウェブアルバムへ 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
会社の社長と下見程度の八海山ハイキング。8:20分ロープウェー、8:40分行動開始。10:20分、9合目に到着。登り1時間40分。1時間休憩。下りは1時間ほど。12時40分のロープウェーで下山。 ロープウェーからしばらくはフラットで歩きやすかった。女性でも楽勝。最後9合目手前に難所があるが、見た目ほど危険ではなく遊園地レベル。たぶん下りも楽しいとおもう。子供は特に。途中ほら貝サークル(?)がうるさい。八海山の頂上は大日岳でいいのかな?やつみねを通過しての大日岳は霧の中のため見送り。霧のなか他の皆が向かったので社長は名残惜しそう。引きずられるように行動するとろくなことがないと忠告。経営も一緒ですと説明すると妙に納得する。千本槍小屋で食事後、早々下山。フルに楽しむには紅葉の季節が良いでしょう。途中水場有り。 下山後は八海醸造さんが新しくopenさせた和菓子カフェ「さとや」さんにご挨拶もかねて立ち寄る。新たなデートスポットです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() you tube動画 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
ひょんな事から小学校行事の付き添いで巻機山へ。受け持ちは6年生。父兄が付き添い。知人のお母さんが事情で出れないためピンチヒッターです。 5時20分集合。参加者は約40人のクラス、先生と父兄が付いて80人ほど。10班くらいに別けて、6時すぎには登山口を出発。すでに暑い。子供は無計画でペースが速いので、リーダー格のお父さんにペースダウンを要請。おまけに子供は「水を飲みなさい」といってっも自分でコントロールできないので、無理やり15~20分ごとに水のみ休憩。水に関しての学校からの指導は、事前の「しおり」には、「量的」なことは書いてあっても、「飲み方」自体に関しては事前情報がとくに無かった。水を持っていても適切なタイミングで飲まなければ意味が無い。たぶん親子ともども熱中症が多発することは予測できた。よそ様はどうでも良いが、自分が預かった子供だけでもコントロールしないといけない。他の班から次々と熱中症予備軍が出るなか、5時間弱で山頂。巻機山は標高2000m弱、1700メーター付近でやっと涼しくなるが、直射日光があたると山頂でも暑い。おにぎりで休憩。じつは朝食をぬいていたためガス欠寸前。自分自身もきつかった。昼食後は日傘で紫外線を避けながら昼寝。やっと回復。昼過ぎに下山開始。下りは2時間チョイ。子供は身軽なので飛ぶように降りて行く。先生にストックの使い方を指導していた。変に子供と競うとこっちのペースが乱れるので、先行く子供は放置。大人は冷静に。子供に後れまいと、下りで無理して怪我をする大人続出。学校はゆっくり歩く「価値」を教えたほうが良い。この行事も秋ではダメなのだろうか?下山後病院に直行した親子多数。完全に熱中症。ばかみてえ。子供は山が嫌いになるよ。逆効果。でも知人の子は大満足な登山だった様子。帰りの車で子供たちは皆寝てた。自分もその1人。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
初心者向き。との話を受けて、様子見のため、行ってまいりました。 5時 自宅出発 7時 尾瀬戸倉駐車場 7時半 鳩待峠 8時 登頂開始 11時 山頂 12時 下山開始 2時 下山 ゆっくりペースで登り3時間、下り2時間ですね。鳩待~山頂への最短ルートをピストン。1700メーター付近で森林限界。途中水場あり。半分くらいが木道。山頂付近がかなり滑りやすい岩場の連続、初心者にはきついと思います。トレッキングポールが邪魔。切り立った尾根の新潟側から常に涼しい霧が上がってきます。尾瀬ヶ原側は快晴。暑いなりに気持ちのよいコンディションでした。ソロで来ている山ガール多数。おじちゃんおばちゃんも多数。山頂は常に20人ほどが休憩。トンボがスゴイ数。結局雨は降らなかったので今回も雨具の出番なし。至仏山は体力的な負担は少ないですが、初めて登山する女性を連れて行くには少しハードルが高いと思います。特に岩場の下りは危険。2.3回の経験者なら良いと思います。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
前回の平標山に引き続き、第二回目の女子ハイキング部の活動記録です。行き先は当初は巻機山の予定でしたが、お疲れ気味の部員の自己申告で楽チンルートに変更。信越トレイルの初心者定番コースをゆっくり歩くことになりました。 朝は超ゆっくりモードで8時集合。車で移動して、関田山脈の牧峠に着いたのが10時過ぎ。関田峠周辺の茶屋池まで片道2時間のハイキング。今回は高山のピストンとはまったく趣の違う歩き方、その違いがちゃんと伝わるようにガイドをしたつもりでしたが、すでに高く上った日差しのせいで、暑さにやられないかが心配でした。 あらかじめ牧峠手前の水場で氷水のように冷たく美味しい天然水を給水。ここはオアシスです。牧峠は相変わらずの撮影スポットでもあり、カメラマンが数名。われわれは車を駐車して、さあ出発。 うっそうとした樹林帯をひたすら歩くロングトレイル。特に今回の牧峠~関田峠間は全工程中でも最もフラットな場所ですが、その分、単調で黙々と歩くことを強いられます。本当は涼しい時期に歩いて欲しかったのですが、汗だくになることもまた良い経験。気温はそれでも26度ほど。稜線歩きですが樹林帯ですのでほぼ無風。おたまじゃくしの池や白い謎の植物にキャーキャー言いながら楽しい山遊び。 2時間で目的地の関田峠周辺に到着。茶屋池まで舗装道路を下り、休憩場所を探す。最初にめぼしを付けていた池のほとりは蚊が多くて断念。少し戻ってトイレや休憩小屋のあるところで大休止。シートを広げてお昼ご飯。ただし二人ともダイエット中。食後、睡眠不足の部員はテントの中でお昼寝開始。 この小屋周辺はフラットな場所なのでテントも張れます。トレイル上ではないので禁止エリアでもなし。特にテント禁止の看板もありません。近くに立派なトイレがあり、水道から水も補給可能。ただし飲料用ではないのでそのまま飲むなら浄水器が必要。食事用なら煮沸でOK。 3時半を過ぎたころ部員を起こし出発準備。日もかげり涼しくなったので、帰りの道は歩が進む。時間的には同じ2時間でしたが到着は早く感じました。5時半にゴール。すぐさま野沢温泉に。熊の手洗い湯で汗を流してから遅い夕飯。お目当ての「新屋」さんはすでに閉店。新規開拓で別の店を探す。結果自宅に戻ったのは10時過ぎ。えらく長い一日でした。 今回は肉体的な筋肉疲労はまったく無し。暑さにしごかれたつゆの晴れ間となりました。夏の信越トレイルにチャレンジする皆様は水のマネージメントと蚊対策を忘れずに。部員はスキンズの上から10箇所以上刺されたそう。おススメは定番の蚊取り線香です。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
会社の社長夫妻のガイド役として、急遽尾瀬に・・・。 昨年の4月のスキーハイキング以来2度目の尾瀬。もちろん夏は初めて。景色がぜんぜん違う。初心者の二人を連れての山道ですので、至仏山には登らず、湿原歩きのみとする。 朝8時半に尾瀬戸倉の登山者用駐車場に到着。そこから乗り合いバスにて鳩待峠まで900円。乗り合いバスは人数がまとまり次第順次ピストン。係りのおばちゃんがバス停に常駐。無線でやり取り。9時から歩行開始。鳩待峠は観光名所のような趣。東電騒ぎもあり例年の1/3の来場者だそう。でも人はそれなりにいる。 団体さんとバッティングしないように歩き始め。山の鼻の小屋までは樹林帯を下るのみ。渓谷沿いで水の音が森に響き渡る。気温高め。酸素が多く社長は頭に違和感を覚えたそう。くらくらするみたい。少し分る気がする。「森に拒絶されているようだ」とつぶやいていた。 汗が噴出したころに山の鼻の小屋に到着。10時。休憩後、竜宮小屋目指して湿原を突っ切る。樹林帯を抜けたので日当たり良好。日傘の出番。気温30度、ぜんぜん暑い。時折雲って風も少し。まあまあの雰囲気。ひたすら木道。社長はウォーキングが目的なのですたすたとペースが速い。奥さんは必死で付いていく感じ。自分は少し距離を置き、夫婦の時間を提供。たまにカメラマン。お腹がすいたので昼前にベンチでランチ。「お昼は持ってこなくていいぞ」と言われたので重箱の豪華ランチを期待したが、おにぎりとゆで卵のみ。社長のくせに意外と質素。残り30分ほど歩いて正午に竜宮小屋。山の鼻から1時間半ほど。鳩待峠から勘定すれば片道2時間半。アルコールストーブに着火して夫妻に甘酒ラテを振る舞い休憩。折り返して往復となる。 各小屋は営業小屋となり、飲食可能。やはり観光地だ。ソフトクリーム有り。ボッカ(荷物運び)の男性が数名。「実は中身は空で、演出用」と主張するが社長夫妻から「ひねくれ物」のレッテルを頂戴する。奥様は初対面ながら辛らつ。社長はひたすら駄洒落を披露。しかたなく付き合うが疲れる。奥様は必死にフォロー。まるで林家ペーパー夫妻と揶揄したらおこられた。 “尾瀬は人が大勢いるから「尾瀬」”だってさ。その大勢のすれ違うハイカーがみな「こんにちは」と言ってくる。みんなで言ってくる。ニコニコして言ってくる。数百人とすれ違うんだぜ!予想はしていたのでクールにスマートにすべて無視!「こんにちは」を何百回も言うためにわざわざ山に行くヤツはいない。尾瀬では「こんにちは」は禁止してほしい。3時に鳩待峠に帰還。今回唯一の登りがゴール手前の樹林帯となる。みんな最後に汗だくになる。 次は山の鼻経由で至仏山に登り、尾瀬ヶ原を眼下に眺めながら鳩待峠に下るルートを取りたい。老夫婦ではなく若い女子を伴ってね。 帰りは近くの温泉で汗を流し、蕎麦屋で冷たいおろしそば。その後立ち寄った物産店でこっそりパンを買って食べていたら「良く食うな」と社長に突っ込まれた。おにぎり一個じゃ足りないんだよ!次は豪華なお弁当に期待します。夫婦のガイドは恒例行事になりそう。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
ファイントラックのツエルト2について、僭越ながら記録したいと思う。普段あまり道具については深く掘り下げないのだが、愛用して3年目なので、使い込んだ印象や、独自の工夫など、記しておきたい。一度アルコールストーブによるテント内火災で、ドア部分の生地が延焼し、メーカーさんに修理に出したほどのヘビーユーザーである。使用頻度を考えると、日本海側では屈指のツエルト使いであると自負しているので、たまには薀薀蓄蓄しても良いだろう。 購入のきっかけは、山に行くようになってすぐに影響された、ハイカーズデポさんの通販サイト。地方に住む私は店頭に行くことも直ぐにはかなわず、毎日のようにPC画面を眺め、商品紹介のコメント欄を暗記できるくらい読み込んでいた。当時は軽量なテントかワンポールシェルターが欲しかったが、山に目覚めた直後で、一気にすべてのギアを集めなければならず、大物のテントは予算の都合で購入できなかったため、単純に「安いからコレでもいいや」という投げやりな態度での買い物だった。 ハイカーズデポさんで通販されたご経験のある方はご承知かと思うが、購入者へはオーナーの土屋さん直筆のメッセージカードが添えられる。その手紙に添えられた、「私も愛用しています・・・」という文面に初心者の自分がぐっと来ないわけがない。襟を正したのは言わずもがな。商品が届いたその日以来、現在まで筆頭ギアの一つ。勿論いまだ他のテント類は購入していない。 初めての使用は2009年4月の信越トレイルだった。今でも冷や汗が出るが、自分は始めての山行がいきなり雪山だった。しかも80キロのスキー縦走。もちろんあえなく途中敗退であったが・・・。 ファイントラック社のサイトを見ると、春のバックカントリースキーでの使用をイメージして開発された様子が伺える。この商品が認知される初期段階では、BCスキーヤー間での口コミでの評価が高まったことが、その後の広がりに一役買ったようだ。 その経緯に準じるように、自分も春の残雪期や、晩秋から初冬での使用頻度が最も高い。このツエルトを語る上で頻繁に語られるのが、その高い「透湿性」であるが、気温の低い状況下での使用ならば、その透湿性は高く評価できる。 以下自分の経験上での結露具合 【日本海側での使用】 冬季でマイナス5度~マイナス10度程度で晴れ→結露なし(生地はさらさら) 0度~マイナス5度程度で晴れ→一部結露有り(あっても凍りつく) 0度前後で晴れ→結露あり(ドア付近が凍りつく)※ここが一番の結露帯 春秋で10度以下(ドアを閉めると湿度次第で若干結露あり) 15度以上になると内外温度差が無くなり結露はしない (夏季は基本ドアはフルオープンなので結露なし) ただし湿った風がある日は結露あり、霧も同じく。 雨天時や湿った降雪時、濃霧→完全に結露あり 川や池、湖などのそばでのキャンプ→完全に結露あり(0度以下ならバリバリ凍る) ※特に雨天時は小雨以上の状況では天上部の縫い目から激しく雨漏りした経験あり。 その後、天上部のみシルネットでシームシーリング(目止め)処理をする。 印象としては冬季で低温、湿度が低ければ結露はほとんどしない。が、日本海側の湿った空気だと0度前後でさらに風が吹くと結露が激しくなる気がする。これは風が吹いて内外温度差が開くことが原因かと思われる。裏技の一つとして、0度以下で結露が発生した場合、室内でロウソクを焚くと半分くらいの面積の結露はロウソクの熱で乾く。 6月から9月の間は雨が予測されるので、元々が軽量化目的のツエルト使いならば、タープの選択のほうが無難。 自分はローカスギアさんやテラノバ社、SEA TO SUMMIT社の軽量シェルターを物色中だが、同じファイントラック社のタープ(フライングシェード)を夏季のシェルターとして購入するほうが理にかなっているように思える。冬はツエルト、夏はタープの図式。広いタープなら雨でも快適なはず。 【軽量性】 メーカー公表数値は320グラム。ラインや自在を含めた自分の場合の実測は340グラム。収納袋は使わない。ザックのメインポケットにざっくり収納。結露で濡れた際は行動中の休憩時にさっと天日干し。ペグは8本使用。細いのが6本、太いのが2本必要。これは無雪期の場合。積雪期はペグは使わない。自分の場合はスキー縦走がメインなので、スキーとストックで設営可能。森林限界は超えないので、ペグ代わりの小枝は充分に入手可能。 【設営のバリエーション】 写真参照。先に述べたように、積雪期は自由自在。ペグは不要。ストック(トレッキングポール)の利用方法を数パターン覚えると楽しく設営できる。 【独自の工夫】 ①メインのガイラインはカラビナで取り付け(写真参照)。立ち木やスキーで設営する場合、自在側をワンタッチで反対に出来るのがメリット。調節しやすい。 ②底辺中間部のループとサイドリフターのループは一本のガイラインで繋ぐ。ペグの節約と、ピンと張るのに効果的(写真参照)。自在を付ければペグの自由度も増す。サイドリフターは必ず利用したほうが良い。内部空間が広がる ③雪上で設営する場合はペグを持たない代わりにカラビナを2つ持参。伸縮タイプのトレッキングポールで下部両端のペグの代わりとするため。※メインガイラインはスキーや立ち木で固定の場合のみ有効。 ④両ドア部分の底辺中央は外側に10センチほど引っ張って設営すると、簡易的な前室が出来上がり、内部空間が広がる。身長175センチ以上のユーザーは必須。頭と足先が生地に触れない。固定はトレッキングポールの下部を引っ掛ければOK(写真参照)。 【注意点】 フロアの中央の合わせ目はきちんと結んでから収納すること→次回の設営の際に不便だから。 【メリット】 圧倒的な軽量性。 サイドリフターによるテント並みの広い内部空間 タープよりも密閉性があるので夜間安心。 底が割れるのでフロアレスの感覚で使用できる。 バックカントリースキーやクロカンスキーでのビバークならペグが要らない 馴れると設営が楽しい 1人なら天国 【デメリット】 結露対策が必須 雨風には弱い 設営に馴れが必要 濡れると生地が伸びてテンションが緩む 20~30センチの降雪で内部空間が約半分に押しつぶされる。 パートナーには不評 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
「宮殿クラスが完成!」 シーズン営業終了後のゲレンデど真ん中、巨大なかまくらが完成です。今期4回目の作業にして、ついにイグルーマイスターになりました。台座を圧雪車で造成。その上にザラメの雪でしっかりブロックを積み上げたので、堅牢なドームが完成です。ロウソクを灯して夜間に撮影。完成直後、気仙沼へボランティア活動に急行したため、残念ながら宿泊は出来ず、この後泣く泣く置きざりに。4月の日差しですぐに融けたことでしょう。遊びつくすのは来期にお預け。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ■動画■ youtube 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちらou tube
3号機はゲレンデ脇に設営。子供に手伝ってもらう。本来の作り方に従い、斜面下に入り口を形成したので下から入ってフロアによじ登る感じに。内部スペースは広大。入り口がフロアよりも下にあるので風の吹き込みも皆無。秘密基地テイストを満喫。完成直後に起きた震度5の地震にも耐えました。その後3月の強い日差しにやられてあっという間に溶解。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
イグルー(かまくら)2号機です。1号機の弱点を考慮し基礎部分を補強。2回目で正しい道具の使い方も把握。かまくら職人と化しました。雪もたっぷり降ったので土台を少し高くして内部スペースを広く取りました。相変わらず老若男女に人気。ツイッターでお手伝いさんも募集。ご協力頂きありがとうございました。2週間ほどの寿命。最後は午後の日差しにより背面が徐々に溶解。またしても圧雪車で解体。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッター はこちら
【遅ればせながらのアップです】 今期のグリーンリフトではイグルー製造機「ICE BOX」を購入(かまくらを作る道具のことです)。とりあえず初号機を製造。マニュアルが英語なため、試行錯誤。基礎の段階が弱く、完成後数日で湾曲&沈殿。しかしながら補強するごとに寿命は延びました。大雪のため埋没。泣く泣く圧雪車で解体。子供たちには大盛況。大人も興奮。吹雪の日は避難所となりました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
前職の苗場「本陣リゾート」でも立ち上げた女子ハイキング部が職場を変えて復活しました。今後は組織やグループの垣根を越えて、地域の方たちと繋がるための活動基盤としたい考えです。 行き先は湯沢町の奥地、初夏の平標山。花の盛りは6月下旬から7月いっぱいですが、道中には綺麗な高山植物がひっそりと可憐にたたずんでおりました。 同行してくれたのは部員第一号となるぽんしゅ館勤務の女の子。花のような笑顔を独占できたのは、部長&監督を務める私だけの特権。すっかり山の魅力にはまったようで、早速次の活動をせがまれています。 「わたしも参加したい!」という女子も、 「僕もマネージャーとして参加したい」という男子も、 活動部員を募集中です。 参加資格は問いません。 次の活動はわが町「塩沢町」にそびえる 百名山「巻機山」! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
最後は最も凄惨だった鹿折(ししおり)地区。地震・津波・火災と三重苦。ここは自衛隊の管轄でボランティアは手出しできませんでした。被災地での清掃活動中は、面倒だからといってマスクもゴーグルも付けていませんでしたが、さすがにこのエリアに入ったときには刺激臭で咳き込んでしまいました。 石油コンビナートが破壊され、津波で押し寄せた水面に重油が浮かんだままの状態で火がついたそうです。半分の高さまで黒焦げになった歩道橋や道路に打ち上げられた巨大な船舶が目を引きます。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
気仙沼写真。今回はより被害の大きかった沿岸部とその周辺の住宅地や工場地帯です。よくTVの映像に出てくる丘の上の神社が印象的。海岸から数百メートルの圏内は地盤沈下で満潮や大潮になると毎晩水没します。自分が毎日通ったゴミ捨て場も途中まで道路が水没するので、撮影した早朝は近寄れませんでした。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
当初、写真撮影すら憚られましたが、最終日の早朝、自分の記録用にと撮影させていただきました。以下数回に別けて、記録しておきたいと思います。 ■市街地偏■ 沿岸部に近い市街地は1階は完全に水没、離れるに従い子供の背丈ほどの浸水でした。とにかく大量のゴミが流され留まり、黒いヘドロに街が侵された印象。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
4月24、25日と信越トレイルに言ってきました。ちょっと今忙しいので簡単にご紹介。 仕事の都合で時間が取れず、残念ながら今期は残雪期スルーハイクの計画が立てられませんでした。そこで昨年未踏破(残雪期の話)だった牧峠~天水山だけでもと思い。通常はゴール地点とされる天水山(実はこっちからスタートしたほうが楽で融通が利く)からスタート。新潟県十日町市や長野県栄村は先の地震で地味に被害が大きいので、現時点でもJR飯山線は戸狩野沢温泉駅~森宮原駅間は不通です。そのかわり代替バスが不通間を繋ぐのですが1日5・6本程度しかありませんのでGWにハイキングを予定する方は良くご確認ください。近々復旧予定らしいですが・・・(最初の写真は森宮原駅)。 森宮原駅に車をデポしてam10時に出発。今回は予定が大幅に狂い、予想しなかったルートでまた同じ場所に戻ってきました。 地震によるルートへの影響 ①天水山へのアプローチルートの土砂崩れ(写真参照) ②地震によるクラックやクレパスがいたるところに存在(天水山のピークは北側から巻いて登ると楽) ※いづれにせよ雪があればルートは自由!危険箇所やピークはほとんど巻けます 積雪は充分有り、GWでも残雪歩きは楽しめます。ただし一部日当たりの良い場所は土も出ています(1000M付近でも) 今回は1日目は快晴。夜間は風が強く低温。4月下旬で1000M付近でもマイナス5度まで下がります。 2日目はam10時頃から急に霧、その後みぞれからなんと雪に変わり、しかも強風(海からの湿った風)。 完全に方向感覚を失い道に迷ってしまいました。夏冬と何度も訪れた信越トレイルですが、緩やかな雪原の稜線上だと目標物が無く迷いやすくなります。昨年も霧で迷いましたがGPSがあったので被害は最小限。今年はGPSが無く完全にロスト。 で、あえなく下山しました。 1日目 森宮野原駅~天水山 2日目 天水山~野々海池~ぐるぐる迷って栄村スキー場~森宮野原駅 野々海池から下山中、沢に迷い込みまた迷子。で、クマに遭遇、距離50メートル。足跡のサイズからして中型、でも巨大に見えました。ホイッスルと声で自己主張。ドキドキ。 装備については背中の荷物は問題なし。ダウンパンツを忘れたので夜中ちょっと寒かった。スキーはやはり重いので来期はディナフィットの新しいレース用の軽量モデルを六日町クレブスポーツさんで予約済み。あとはもう細かいことは気にしないレベルにはなってきた。下山後に瀕死の状態だった携帯電話のみauのスマートフォンにかえたしね。 取り急ぎご報告まで。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
4月の予定はすべてキャンセルし、宮城県気仙沼市に行ってきた。多額の寄付は出来ない代わりに、自分は時間を寄付することにした。背中を押してくれたのは、「あなたがいかないなら私が行く」という、ある女性からのメールでの一言だった。現地での生活に必要な食料、キャンプ道具などの物資は、すでにロングハイキング用に2週間分ほど準備していたため、そのままスライドすればよかった。あとは活動に必要な資機材を、自宅の倉庫やリフト現場からかき集め、ガソリンと水を携行缶とポリタンクにもてるだけ持って出発。ガソリンは40リットル、水は150リットル持った。軽トラックにすべてを積み込んだため、ベースウェイトは気にする必要は無かった。ご近所さんや友人が携行缶や資機材面でサポートしてくれた。やりすぎかとも思ったが、チェーンソーも持参した。 なぜ気仙沼か?というと。直前にネットで調べた結果、4/5の時点で、県外からの一般ボランティアを受け入れてくれそうな場所は、被害の大きい沿岸部では、同じ宮城県の石巻市と気仙沼市の二箇所しかなかった。その時点では、石巻市はボランティアセンターが早くから立ち上がり、すでにオフィシャルに県外組を受け入れており、毎日500人程が集まっていた。一方気仙沼市はボランティアセンターが立ち上がってまだ一週間しかたっておらず、県外組みはまだ受け入れ不可だった。が、一方では資機材が足りていないとHP上でアナウンスしていた。つまり完全に自己完結型で衣食住と資機材を自分でまかなえれば良しと解釈し、迷うことなく4/5の夜に気仙沼に向けて出発した。 4/6の夕方、現地に到着すると、ボランティアセンターは混乱していた。自分のことはやはり自分でするしかなかったが、幸いライフラインは復旧し、ガソリンも物資も優先されているせいで、スタンドも商店も問題なかった。ボランティアセンターの目の前の公園でベースキャンプを張った。すでに一週間前から活動していた県外組が5人いたが、「体力の限界」と言って、入れ違いで翌日帰って行った。1人ぽつんと残された。 ボランティア保険に加入し、4/7からボランティア活動を開始した。ボランティアセンターは社会福祉協議会が管理する福祉施設内に併設され、社会福祉協議会のスタッフが運営しており、地元の社協のスタッフを各県の社協のスタッフが援助していた。主に関西から派遣されたメンバーが現場を仕切っていた。運営組織のトップにははボランティア協会等のNPOやNGOのスタッフがオブザーバーとして派遣され、全体のマネージメントを担っていた。みな自分のことで精一杯だった。一般ボランティアの受け入れ態勢は予想どうり確立されていなかった。持参した軽トラックを提供したいと申し出たが、一般人のトラックは使えないといわれた。仕方なく地元から参加したボランティア組と一緒に初日の派遣先へと向かった。 ボランティアの流れに付いて説明する。まずボランティア活動に参加する一般人は受付にて参加申請をする。初めてボランティアに参加する人間はボランティア保険に加盟する。費用や複雑な手続きはかからない。名前と住所と連絡先を書類に書き込む。そのあと参加者は本人の意思により、物資の仕分け作業班と被災した家屋の片付け作業班に分かれる。自然と仕分け班は女性中心。片付け班は男性中心となる。この時点では9割が地元の人たちによるボランティアメンバー、つまり彼ら自身も被災者だった。 当初は当然のように、自分の他にも全国から意気な男たちが集結しているもの、と思っていたが、すこし残念な気持ちとなった。勝手も分らず、持参した資機材やトラックの使い道も分らないまま、運営側の指示をまつことになった。朝8時半からの受付開始、9時から各班の編成作業となった。運営本部が被災者からの要望や問い合わせを受付けると、一件ずつ書類を作成する。被災者からの要望をニーズと呼び、これを振り分ける作業をマッチングと呼ぶ。本部機能→ニーズ班→マッチング班→資材班→車両班→一般ボランティアという縦構造と仕事・情報の流れとなる。 9時になると受付済みのボランティアが集められ、その日のミーティングが始まる。基本的なアナウンスが終わると、集まったニーズごとに班編成を行い、ニーズごとに見合った資機材をチョイスし、人間と・資機材を運ぶ車両と軽トラックにて現地に出発する。班編成の際は希望者に挙手をさせてセレクトする形をとる。例えば「ドロ掻き作業中心で~」、「瓦礫の運搬作業中心で~」といった具合。非常にスローモーション。 初日の班編成は男5名。女性2名。依頼内容は津波により半壊した屋内と屋外のゴミの撤去作業と清掃作業。リーダー役はすでに何日か活動経験のある現地の男性だった。水道、電気は復旧していないエリアだったので、ポリタンクで2つ水を持たされたが、足りないと思ったので自分の軽トラからポリタンクを2つ追加した。現地について家主さんと段取りを決め活動を開始した。が、すぐにトラブルが発生した。ゴミの搬出先が無かったのだ。 市街地では屋内・屋外のゴミは、自宅の敷地と道路の間のスペースに出しておけば、市の土木課がいずれ重機で撤去するというのが当面の対応策だった。しかしながら、郊外の住宅地ではスペース自体がないエリアや、重機自体が入れない複雑な地形のエリアが多く存在していた。この家の場合も、家の前にはゴミを出すスペースが無く、当初20メーターほど離れた空き地にゴミを捨てていた。が、実際にはすでにゴミが山積みにされたそのスペースは私有地で、地権者からクレームが付いたのだ。これはボランティアセンターが扱う案件でも始めてのケースだった。リーダーが本部に連絡を取って確認した。本部では解決策は無いとの答えだった。後は家主さんがゴミの搬出先を確保してから、再度出直すようにとの指示だった。リーダーは家主に撤退を申し出た。冗談ではなかった。 すぐに独断で動いた、近くを走るゴミを満載したトラックを引きとめ、公的なゴミの搬出先があるか聞いて回った。市が仮設したゴミ捨て場が沿岸部にあった。家主さんに交渉して車でボランティアセンターへ送ってもらい、自分の軽トラックを持ってきた。もちろん送迎に使った車両やトラックは他の班の人・物の送迎ピストンで使えなかった。軽トラにゴミを満載し、地理に詳しい地元の若者を助手席にのせ、ゴミ置き場に向かった。このとき初めて沿岸部を車で走ったが、津波のせいですべてが消滅していた。通常の市街地図は役に立たないため、後々だれもが分る様にと、残った建造物や看板を頼りに、手書きで地図を書かせた。10分ほどで到着した。所要時間も明記させた。仮置き場と書かれた看板の先には広大な埋立地が広がっていた。ゴミは6種類に分別する必要があった。受付書類への記入も必要だった。時間も決まっていた。すべての情報を地図に書き込んだ。分別用紙も貰っておいた。積み下ろし作業も含めると、ピストンして40分かかった。9時半から作業を開始したとしても、1日5往復が限度だった。 作業は1時間ごとに10分の休憩が義務づけられ、正午から1時間の昼休憩を取らされた。1日で作業が終わらない場合は継続案件として扱われた。初日はゴミ置き場を3往復しか出来なかった。概算で見積もっても下手をすると一週間はかかる作業量だった。情報不足、時間不足、資機材不足。加えて不測の事態に対応できる人材不足。そしてなんといっても、ゴミを運搬できるトラックが自分の軽トラックたった1台しかなかった。同じエリアには8軒の家があり、そのうち手付かずの家があと3軒あった。搬出しなければならないゴミは山のようにあった。自分の滞在期間は14日間だった。滞在中はこのエリアにかかりきりになることが予想された。 このようなケースがこの日他にも1件あった。他のチームは結局作業が出来ず撤退した。自分のチームだけが対処できた。偶然だった。トラックが無ければ何も出来なかった。本部に帰り、マッチング班の事務所に報告に行き、事の経過を報告した。地図と資料をコピーさせた。明日の朝のミーティングですべての関係者と参加者に情報を共有するようにと申し出た。地図と資料も張り出すように伝えた。 翌日のミーティングでは何もアナウンスが無かった。同じようなケースがあってもこれでは対応できない。運営スタッフへの不信感が高まった。「私たちも疲弊しきっています」とさえ言われた。混乱時に多くを望んでも仕方ないとあきらめた。個人の車を使うことは例外として黙認してもらうこととした。同じようなケースの案件があったらすべて自分に回してもらうようにと申し出た。また、2週間以内にゴミの運搬に使えるトラックを手配するようにとも伝えた。同時に実質的なリーダー役として、特別な班を仕切ることになった。 2日目の仕事を終えると軽トラのタイヤがパンクしていた。ゴミ捨て場は危険物が散乱し、ねじがタイヤに刺さっていた。出発前に予想していた事態だったが、肝心のスペアタイヤに空気が入っていなかった。確認を怠っていた。本部にタイヤの手配を申し出たが、返事だけで何もしてはくれなかった。途方にくれたが偶然にもたった今付いたばかりという、千葉から来た車の修理工場に務める若者を捕まえることが出来た。カーレースのエンジニアもやっているとの事だった。運命的な出会いだった。スペアタイヤは物資の運搬用の軽トラックから無断で拝借した。非常時なのでこちらが優先だった。本部スタッフに相談すると100%融通が利かないと予測できた。この青年は最後まで自分の相棒となり、自分が去った後もチームを引き継いでくれた。 タイヤは結局2回パンクした。新品を2つ購入した。近所の整備工場に持ち込み、事情を話して交渉した。「日本一安い値段だぞ」といわれた。その工場も社長と息子さんが津波の犠牲になったといわれた。今後の分も含めて他にもスペアタイヤを用意したかった。自分がいなくなった後でも必要なはずだった。毎日通うゴミ置き場を探したところ、タイヤの山があった。先の青年を連れて行き、合計5個の使えるタイヤを確保した。 現地に到着した翌日の深夜に地震があった。震度6。市内は停電。一部断水。翌朝は交通渋滞。買い急ぎによる物資の不足。ガソリンスタンドも長蛇の列となった。夕方には電気と水道が回復。テント内は揺れたが恐怖心は希薄だった。 活動3日目は土日に入り、継続の案件は家主の都合で週明けからの作業となった。2日間は一般のボランティアに混じり、市街地の家庭の清掃作業に加わった。市街地は主に屋内のヘドロの撤去作業・清掃作業がメインだった。津波をかぶった家屋の場合、作業の順番としては、屋内のドロ掻き→屋内のゴミの搬出→屋外のゴミの搬出となる。時間がたつにつれ、作業の内容も変化し、細分化されてくる。屋内のドロ掻きは最初に床板をはがし、床下のヘドロを掻き出す。消毒と湿気取りのため、石灰をまく必要はあるが、これは先の作業と目された。 床板をはがすとさんまがいた、屋根の上にはカツオが乗っていた。沿岸部の水産加工工場の大型冷蔵庫から冷凍のままの魚がすべて波に流された結果だった。腐臭のなかでの泥まみれの作業。この初期段階の作業が一番過酷だった。先着組みの県外メンバーが、「限界」といって帰っていった意味が良くわかった。水が出ないエリアではとてもではないがキレイなんかならなかった。ヘドロの撤去や表面のふき取り作業が関の山だった。発電機があれば高圧洗浄機が使えるが、洗浄機はあっても発電機は資機材班には無かった。軽トラックと発電機は活動の2大アイテムだと思う。 地元の社協スタッフを除くと、県外組の社協スタッフは1週間で入れ替わる。NGOやNPO団体のスタッフでは例外的に1ヶ月以上滞在するスタッフもいるが、入れ替わりがあるということは引継ぎが肝となることは明白だった。現地活動5日目で事件が起きた。 継続の案件が5日目から再開される。前日に自分の班が受け持つことを再確認、当日の朝にも確認していた。にもかかわらず、マッチング班はその案件を別の班に割り当てようとしていた。まさに送り出す直前で自分が気が付いた。その場は時間が惜しかったので、とりあえず自分で事態を収めて混乱をさけ、チームを再編成して出発した。もし運搬トラックを持たない別の部隊が出向いていたら、作業が出来ず撤退し、時間と人員が無駄となっていた。 実は当日の朝、新潟県に本社のあるキャンプ用品メーカーのスノーピークさんのボランティア活動員の方と話をした。阪神大震災や中越地震の際にも活躍し、国の直下で各地で活動されている経験豊富な方たちだ。やはり各地の復興スピードの差は、単純なマンパワーの差だといわれた。はき捨てるように気仙沼市やボランティア運営側のスピードの遅さを嘆いていた。そんな矢先の出来事だった。 当然沸き立つ感情があったが、この後どのようにこの気仙沼のボランティア本部と係って行くかを深く考えた。結果は自分がいる間のみでも、自分が全力で作業できるように、本部との連携体制を作ることだった。仕事を終え、本部に戻ると、朝の件で関係したマッチング班の社協メンバーを、全員集めて整列させた。申し訳ないが、社協の皆さんは普段福祉関係の仕事をしている公務員だ、いわば羊の集団だった。このような緊急時に最も不向きな人種が、ボランティアセンターの運営をしている。競争社会の中で仕事をしていないので。思考回路からして混乱期には不向きだった。 加えてリーダーが不在だった。運営本部には外部から取り込んだ専門家がいたが、現場のスタッフは一週間で入れ替わる関西組が仕切っていた。初日に「疲弊しています」といっていたリーダー役の男は、引継ぎもろくにせず、すでに日常に帰っていた。変わりに現場をしきっていたのは地元の社協の若者だったが、県民性もあってか、おとなしい青年だった。ミスをしたのは関西組だったが、まとめて全員をしかりつけた。羊の集団には堪えたと思う。「あなたの要求するレベルの仕事が出来る人間は我々にはいません」とさえ言われた。 「出来ない」、「無理」、「方法がない」。このようなセリフは、ここでは「悪」のはずだった。自分が彼らに伝えたかったのは、「理不尽な出来事に決して屈しない」という人間の姿勢だった。1時間懇々と伝えた。仕事への姿勢と方法論を伝えた。戦う姿勢に目覚めて欲しかった。この地元の社協の青年1人でも意識を変えさせてあげたかった。結果は良好だった。翌日から彼の動きは変わった。リーダシップを発揮してくれた。あとから聞いた話だったが、毎日ある本部ミーティングでも急に積極的になったそうだ。嬉しく思う。 彼らを焚きつけた以上自分も妥協は出来なかった。トラック隊は1.5トン車を確保し、軽トラと2台体制とした。人数も12名と大部隊とした。チラシを作成し近所にばら撒いた。口コミで予約を受け付けた。完全に清掃作業を完結させるサービスとして、他のチームとの差別化を図った。車両班も協力してくれ、車が空いている時間が少しでもあると、ゴミの運搬を手伝ってくれた。結局7件のニーズを同時進行で対応した。自分が帰る14日目にちょうど7件分を完結することができた。最終日に家主さんの1人からお礼の電話を頂いた。 途中県外組みの受け入れが正式にHPでアナウンスされた、キャンプ指定地は人で溢れ混乱した。ボランティアを管理する事務スタッフが必要だった。本部スタッフでは手が回らなかった。土地の確保や地元民との折衝、本部スタッフとの仲介役が必要だった。テント村で偶然知り合った男性が税務署の職員だった。被災はしていないが岩手の出身で、言葉も土地勘にも精通していた。むろん法律にも長けており、交渉能力の高さも会話のなかから感じ取れた。何よりコミニュケーション能力が高かった。すぐにスカウトして本部スタッフとして参入してもらった。 キャンプ地の確保は困難を極めた、めぼしい場所はすでに自衛隊が押さえていた。残りの土地は仮設住宅の候補地として押さえられていた。細かい公園や空き地、郊外のキャンプ場をしらみつぶしに探した。自衛隊とも交渉した。宿営地を別けてもらえるよう交渉もしてもらった。数日後に結果は出た。GWを迎えるにあたり、充分なスペースを確保することが出来た。 当初無理と言われたことのほとんどが可能だった。トラックも手配できた、土地も確保できた、消毒用の石灰も市から別けてもらった。暖かい南部から順に、ヘドロに羽虫が湧いてきているとの情報を、スノーピークさんから教えてもらった直後、市に働きかけてもらっていた。 活動が10日を過ぎたころ、ボランティアの数が増えたことが原因で、現場が混乱し始めた。とくに朝のマッチングから資材班との間での準備作業に時間がかかり、大量のチームを送り出すのに時間がかかっていた。理由は明確で、その改善策については先の5日目の時点で伝えていたはずだった。結局引継ぎが上手く出来ていないことが根本的な原因だった。本部でも問題視された。自分に白羽の矢が立った。その日から本部ミーティングに加わった。 改善点は分りきっていたが、口頭で指示するだけでは不足だった。だれが見ても分るような完璧なオペレーションマニュアルが必要だった。すぐに取り組んだ。PCとデスクを割り当ててもらい1日でマニュアルを作成した。資材班のテント場に掲示物を何種類も貼り付けた。資材置き場のレイアウト変更、朝昼夕別の作業マニュアル、写真付き資材チェックリスト、作業心得、注意点、引継ぎ方法の統一化、その他フォーマット作成。小学校の先生並に整理整頓の意味から教える必要があった。いかに物資を管理し、戦地に最適な物資を速やかにセットし、最前線に送り出した部隊がいかに効率的に作業できるか、さらに戦地の情報を吸い上げていかに改善していくのか、軍隊並みの方法論と統率力が必要とされた。考えるのは楽しかった。 作成したマニュアルで1日運営してみた。自分の怒声が響き渡った。改善点を修正し、翌日再度運営した。はじめこそ士気を高めるために声を張り上げたが、徐々に問題ないレベルで部隊を送り出すことが出来た。資材班のメンバーはよく動いてくれた。何より生き生きとしていた。後は次のメンバーにバトンを上手く渡せるように祈るだけだった。 最終日の午後は陸前高田のボランティアセンターに自動車を寄付しに出かけた。地元新潟から友人が車を寄付しに陸前高田へ向かうとの事前の連絡があったからだ。気仙沼で合流し一緒に陸前高田まで移動、帰りは自分の軽トラに同乗してまた気仙沼まで戻ってきた。陸前高田は気仙沼の初期段階と同じく混乱していた。死の臭いが充満し、手の付け所が分らない様子が、現地のスタッフの表情から伺えた。 気仙沼に戻ると、ボランティアセンターにボランティアのための炊き出しが着てくれた。群馬からやってきたケバブの屋台だった。スタッフもボランティアも一緒に休息を取った。14日間で初めて訪れた休息の時間だった。皆に笑顔が溢れた。日も傾くころ、新潟からやってきた白い軽トラックは、主人とその友人を乗せて、気仙沼を後にした。力はすべて出し切った。 追記 自分のチームには地元から参加する19歳の女の子がいた、洗い物を担当するため、自分がスカウトしてチームに入ってもらっていた。彼女は鹿折地区に自宅があった。TVで頻繁に目にしていた、火災のあったエリアだった。震災当時、川を挟んだ向かい側は火の海だったそうだ。坂の途中に自宅があり、彼女の家の一軒下までが津波による被害を受けたそうだ。そんな光景を目の前で見たという。それでも明るく元気にボランティアに来てくれていた。口には出さなかったが、きっと友人や知り合いが多く犠牲になっていたはずだった。そんな若い世代に対し、自分が出来ることを自問自答した。大人の男性として、「全力で取り組む姿勢」を見せることしか思いつかなかった。瓦礫を運ぶだけがボランティアではないと悟った。帰り際、彼女から貰ったメールは宝物となった。勇気を貰ったのはむしろ自分のほうかも知れない。 普段の生活に戻った今、観光地で商売を営む我々は、今後震災がもたらした不景気という津波に立ち向かわなければならない。「あきらめない姿勢、屈しない心」は被災地だけでなく、我々にも必要である。14日間で学んだことはそんなこと。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
地震の3日前のスキーツアーでした 六日町クレブスポーツさん主催のディナフィットBCツアー。参加者6名。ガイドは白馬を本拠地にヨーロッパでも活躍中の国際山岳ガイドの山岸慎英さん。コースは野沢温泉スキー場のトップから奥志賀方面に向かい、途中で木島平方向へ下るプチBCツアーコース。標高は1600メーター前後。3月にしては雪質も良好でパウダーも楽しめました。3・4時間で楽しめる行程です。途中風を避けて林の中で昼食。甘酒ラテは好評。アップダウンを数回繰り返し、滑走ポイントは合計3回。最後は長い林道を直滑降で皆で競争。途中カモシカにも遭遇。下山後は野沢温泉の外湯(タダ風呂)につかり美味しいご飯(新屋の焼き鳥ドン)で締め。また来年も集まりたいですな。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 野沢・木島平BC ■補足■ 今回のルートのすぐ脇には野沢~奥志賀間を繋ぐ「奥志賀スーパー林道」なるハイランドルートが通っています。標高は終始1500メーター前後。夏場はバイクや車が行き交うツーリングルートですが、冬場はもちろん雪に覆われており、なんと言っても総距離が70キロもありますので、クロカンスキーやスノーシューでのロングハイキングには格好のルートなのです。当然車が走る国道ですので車幅も広く雪に覆われていても道筋も明瞭。迷う心配もなく安心安全。近々チャレンジしたいと昨年あたりから計画を温めています。重いATスキーよりも絶対クロカンスキー向きなんだよなぁ。 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
ここ数日、TVやツイッターばかり見ていると、被災地の凄惨な映像や情報の渦に巻き込まれ、知らず知らず精神的に疲弊してきますね。娯楽や余暇は今この瞬間必要ないかもしれませんが、辛いときは思い切り発散する場所も必要でしょう。第一次世界大戦中ヨーロッパで群集がサッカーに熱狂したように、ベトナム戦争時に人々が音楽で自由を謳ったように。 と、いうわけで閑散としたゲレンデを思い切り滑ってみました 石打丸山スキー場 山頂ゲレンデからグリーンリフトまで約2分 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら 雪の降る先週2月18日の金曜日、自宅から車で1時間ちょっとの場所にある、長野県の鍋倉高原にいってきました。自分の中で再評価熱の高かった、クロスカントリースキーで遊ぶため、コースや施設の下見です。信越トレイルの事務局も兼ねている、鍋倉高原森の家の背後には、信越トレイルの中間地点である牧峠まで伸びる峠道があり、その途中までの雪原がクロスカントリースキーのコースとして利用が出来るように整備されています。道具はレンタル可能。ビバーク装備と防寒具、食料をバックパックに詰め込んで、午前11時過ぎに自宅を出発。12時半前には現地着。受付を済ませて用具をレンタル。美人の受付嬢がお出迎え。 ![]() ■レンタル料金 スキー 1500円 ストック 500円 シューズ 500円 ![]() ![]() ストックは伸縮タイプのトレッキングポールを持っていれば代用可能ですが、転んだ際に破損の可能性もあるので素直にレンタルしたほうが無難。それでも三点セットで2500円ならリーズナブル。スキーは滑走面にウロコが付いたタイプ、登りは雪面に食いつき、下りはブレーキになるので初心者でも安心。ただし急斜面の登りは不可。同じく急斜面の下りもエッジが付いていないので不可。通常のスキーのようにターンは困難。サイズは身長プラス15~20センチくらいが妥当。長いほうが浮力は増しますが、取り回しも考えて今回は190センチを選択。ストックは135センチを使いましたが少し短かったです。自分にはプラス10センチの145センチが正解。クロカンの場合はストックの長さが推進力の要になりますので、普段トレッキングポールを使う人はプラス30センチくらいの感覚でokかと思います。シューズに関しては普段26.5センチのシューズをはく自分が27.5センチを使用。防寒防水ソックスをはいたので大きめ。タイプによっては先端が細いシューズもありますのでいくつかためし履きをしました。使用感は思った以上に暖かく、防水もしっかりしていたので、防水ソックスは要らなかったかもしれません。ただしゲイターはしっかり着用した場合の話。今回は片方シールスキンズの防水ソックス、もう片方をゴアッテクス性の防水ソックスとして性能を比較してみました。暖かさではシールスキンズ。シューズ内に雪の進入が無かったので防水性の比較は出来ませんでしたが、どちらも汗によりインナーソールが少し濡れていました。ビンディングはシンプル構造で簡単に脱着可能。 午後1時コースへ出発 ※森の家は受付フロアが喫茶室も兼ねたリビング、ストーブ・暖炉・ソファーがあり、着替えや休憩も可能。頼めば相当なワガママもokな雰囲気。 ![]() コースは田園地帯の雪上に設定。穏やかでだだっ広い雪原というか雪田地帯をぐるりと一周します。一周1時間半から2時間くらい。ふきっさらしなので強風。晴れていれば逆に強烈な紫外線。普段は圧雪車でコースを整備しているそうですが、あいにくこの日は降雪もあり、実際にコース整備をしたのは4日前だったそう。しかしながらクロカン初心者の場合、圧雪されたコースよりも積雪が20センチくらいあったほうがスキーが雪に沈み込むので歩行が安定し楽なはずです。自分も細板のクロカンスキーに乗るのは高校生のころのスキー授業以来。コースと言っても基本どこを歩いてもok、よほど霧でも出ない限り迷う心配もなし。コース地図も略図と地形図の2種類を森の家で頂けます。今回は純粋なコースのさらに奥まで歩き、関田山脈の稜線沿いの牧峠を目指しました。吹雪いて気温は-5度。おまけに時折強風。スキー用のゴーグルでないと心が折れていたところです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 当初、景色は単調でつまんないかな?とも思いましたが、だれもいない雪原、降りしきる豪雪、深い霧と風。なかなか楽しめました。夕方5時までに戻る予定で入山届けまで記入したため(コース外に出て峠方面にいく際には提出が必要)、3時半の時点で牧峠まで到着できず、撤退を余儀なくされました。寒さのため、すぐには引き返さずに途中でビバーク。ダウンジャケットを着込み、ツエルトを設営し遅い昼食。カップめんとアンパン。中は風がしのげるので暖かい。日帰りでも山中に入るときは必ずビバーク装備は必要です。 ![]() ![]() 久々のクロカンスキーの感想は ①基本的には山スキーと一緒。歩行に関してはスノーシューなどに比べて足を上げる動作が必要無く、足を前にスーと出すだけで歩行が可能。降雪時でラッセルがあっても圧倒的に楽です。またテレマークなどの山スキーと比較しても圧倒的な軽さ、平坦地の雪中移動に関しては最強のツールです。この点が意外と皆さん注目していない盲点。ハイキング向き。 ②やはり板が細いため、バランスをとるのははじめての人には難しいのかも知れませんが、自転車に乗れる程度の運動神経ですぐに馴れます。当然転んでも痛くありません。ただし圧雪されたコースの下りは少し注意が必要。ここのコースは最後にその圧雪下りポイントがあるので充分練習して最後の締めにかっ飛ばすのが楽しいかもしれません。ぜんぜんスピードは出ませんが。 高校時代はスキー授業の一環でクロカンスキー遠足なる行事があり、それはそれは楽しい授業だったことを思い出しました。男子女子ともワイワイ騒いで盛り上がり必至です。冬のアクティビティーとしてスノーシューはあいかわらづの人気、この日も翌日訪れるお客用に30個ほどのスノーシューのセットが準備されていました。クロカンの利用者は地元の小中学生が主体だそう。今のところは地味なイメージ。いやいや、もうすぐきっと来ますよ、クロカンの波が。 ![]() 登り3時間、休憩30分、下り1時間。計4時間半。6時間あれば牧峠まで往復可能な印象。予定より遅れて午後5時半に森の家に帰還。我が物顔でリビングでくつろぎ、衣服を乾かし、館内の自販機で購入したミルクティーを飲み、7時近くまで居座る。施設内の利用は7時まで。他利用客2名。その後は車で15分ほどの野沢温泉に行き、タダ風呂に入って終了。自宅に戻ったのは夜10時過ぎ。下見完了。太ももが軽くパンパン。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
奥多摩から下山後、東京ハイキング第2弾として高尾山ハイキング(~陣馬山)、第3弾として湘南バックパッキング(鎌倉~茅ヶ崎※東京じゃないけれど)を企画。ダイジェスト版にてご紹介 ■12月10日~11日 高尾山~陣馬山 10日朝8:00すぎにケーブルカーで高尾山へ。城山、謙信山を経て1日かけて陣馬山という行程。約18キロ、ゆっくり歩いて6時間程。事前情報では途中いくつかある営業小屋で水・軽食の補給が可能と気楽に考えていたが、平日&冬季ということもあり城山以外は全滅。水場もなく給水できず。歩く方は注意が必要。道は平坦で巻き道もあり快適。15:00に陣馬山へ到着。営業小屋があり水を購入。公園のような山頂。富士山が良く見える。東屋の脇にツエルト設営。ベンチのある丘の上にテントを建てると夜景目当てのカップルや撮影目当てのおじさんに囲まれるので注意。トイレは水洗だが故障中。防火用の溜め水があるのでバケツに汲んで手動で水洗とする。そのためのバケツが設置。浄水器があればその溜め水も飲めないことは無い。山頂からバス停への下山コースを下ると往復30分以上の場所に沢があり浄水器があれば新鮮な水を給水可能。別ルートで生藤山(奥多摩方面)へ向かうと和田峠(一般道路と交差)があり営業小屋もあるとの事だが、実際営業しているのか、水があるのかは不明。夜間は東京全体と横浜方面の夜景が見渡せる。夜景スポットらしく日が暮れてから和田峠から登ってくる人多数あり。駐車場のある和田峠からは徒歩20分ほど。夜間は0度ほど。ツエルト内は結露が一部凍りつく。テントは他に1張りあった。小屋の人は小型のトラクターで毎日通勤だそう。何件かある小屋のうち平日も営業するのは1件のみ。夜景を楽しみ、翌朝8時過ぎに撤収。陣馬高原バス停までの下山コースは思ったより急坂。週末だったため登ってくるハイカーは大勢いた。若い人も目立つ。バス停そばには売店有り。バスで高尾駅まで。 地図を見ると高尾山からは奥多摩三山の西の基点である三頭山まで道が繋がっている。2日で歩ける距離。次回は繋いで歩いてもいいかもしれない。600~800mの低山ゆえ雪は無いので冬でも安心。三頭山で1500m。他陣馬山からの夜景は良かったけれど眼前に迫る感じではない。web等で見る夜景の写真は望遠レンズ使用。肉眼だと印象が違う。広角レンズの自分のカメラだとなおさら。 ![]() ![]() ![]() ※ツエルトに前室を作る方法 ![]() ■12月12日~13日 鎌倉~茅ヶ崎(湘南海岸砂浜バックパッキング) 今回思いつきで計画。新潟を出発し奥多摩、高尾山とだんだんと富士山に近づいていると歩きながら感じ、それならばと考え湘南海岸へ。週末の日曜日ということもあり、海岸線はサーファーはもちろんのこと、ランニングや自転車、散歩を楽しむ人々でアメリカ西海岸的ムードが充満。犬を連れた人も多いこと。しかも見たことのナイような高そうな犬ばっかり。実は湘南とか鎌倉、箱根方面は自分にとっては未知のエリア。初めての訪問でしたがこんなに人々が豊かさを満喫できる土地なんだなとびっくりしました。朝9時には鎌倉駅。交番で道を尋ねて海岸線へ。パタゴニアのショップがあるせいか散歩中の中高年までパタゴニア率が高い。天気も良かったので住人の皆さんはこぞってそれぞれのスタイルで楽しんでいる雰囲気。ここは日本なのか?と錯覚。山から下りてきたかなり場違いなスタイルで海岸線を歩く。「なんであの人スキーのストック持って歩いているの?」と声が聴こえてくる。ほっといて欲しい。砂浜は歩きにくいが波うち際は砂も締まって歩きやすい。波待ちするサーファーの合間を縫うようにして前進。江ノ島へ。富士も正面に見える。その先どこまで近づけるものかと想像も膨らむ。いつか新潟から富士山まで山道を繋いで歩いてみたい。「ちょっと富士山まで歩いてくる」と言ってみたい。12時過ぎ、江ノ島ビーチで昼。ハンバーガーを購入。一口食べる。ふた口目とかぶりつく寸前で、背後から空襲。トンビにハンバーガーをさらわれる。手には一切触れずに見事な芸当。見上げると大群が旋回中。次々降下。周りのファミリーやカップルも被害続出。どうりで「トンビに注意」の看板が多いわけだ。防止策には日傘が良いらしい。今回浜辺ということもあり紫外線対策の必要性を感じていた矢先の出来事。ちゃっかり日傘を装備から外していた。間抜け。次回からは紫外線対策・雨対策に加えてトンビ対策として日傘は必須アイテム。3つのシチュエーションに対応できる万能選手として株が上がった。海岸バックパッキングでの話し。キャンプ適地を探して茅ヶ崎方面に進むがなかなか広く平らなスペースがない。防風林はあるが柵の中だし国道に面しているのでうるさい。おまけにブルーシートも目立つ。却下。砂浜は高波の恐れもあるのでタブー。少し小高い草地や林の中がベスト。まったく無い。夕食の食材を求めていったん海岸線から外れる。サザン通りを茅ヶ崎駅周辺まで歩き散策。コンビニで食料ゲット。海岸線に戻ると夕暮れ時。16時、人もまばら。夕日の向こうに平地が浮かぶ。茅ヶ崎サザンビーチの先、まさに海岸線が切れる寸前の柳島という場所に広大な更地あり。一部草原。おまけに水面より5メーターほど高くなっており高波の心配も無い最高の場所。夕日も綺麗。朝には背後に富士も拝めるはず。国道や散策道路からも100mほど距離もある。海岸入り口にはトイレもある。しかもシャワー付き。17時ツエルト設営。18時食事の後、波の音を聴きながら就寝。朝6時までぐっすり眠る。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 朝7時に撤収。天気は曇りで富士は雲の中。8時過ぎの電車に乗るため茅ヶ崎駅へ。40分ほど。9時に厚木。事前に連絡を取っていた友人に車でピックアップしてもらい中央高速をドライブ。途中新設の足柄サービスエリアや御殿場のアウトレットで遊ぶ。おススメのハンバーグランチをたらふく食べ川崎駅まで送ってもらう。JRで越後湯沢へ。この日は勤め先の忘年会だったためザックを担いだまま直接会場へ。土産話も持参できたので盛り上がる。店長はワインを飲みすぎ酔いつぶれる始末。面白すぎる。楽しい職場で来期も働ける喜びに感謝。 次の東京ハイキングはスキーシーズンが終わる4月です。 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
場所 奥多摩(長沢背稜~雲取) 日程 2泊3日 移動距離 ? 期日 12月7~12月9日 標高 最高2000m 気温 最低-8度 ![]() ●パック バックパック ゴーライト ガスト 510g パックライナー SEA TO SAMIT ULパックライナー50 90g ●シェルター ツエルト ファイントラック ツエルト2(ガイライン込み) 336g ペグ アライ スティックペグ他(袋込み) 71g グランドシート amk ヒートシートブランケット 66g ●寝具 スリーピングバック ハイカーズデポ ダウンバック 590g スリーピングマット サーマレスト リッジレストレギュラー&デラックス(3分割)290g ●保温着 ダウンベスト ウェスタンマウンテニアリング フライトジャケット 320g ダウンパンツ ナンガ ポータブルダウンパンツ 205g 保温ソックス ポッサムダウンソックス 60g 保温グローブ ポッサムダウングローブ 38g ●雨具 防水ソックス ロッキー ゴアソックス 70g レインギアトップ 3M カッパメイト 140g ●調理器具 クッカー エバニュー チタンクッカーUL1(ジップロック込み)※ハンドル無し 85g ストーブ バックパッキングライト チタンウィングストーブ 11g 風防 T'Sストーブ 風防B 20g ユーテンシル バックパッキングライト チタンロングハンドルスプーン 9g ライター 百円ライター 15g 予備ライター ファイヤースターター ファイヤースチールミニ 19g 着火用燃料ボトル BPL ミニボトル×2 12g 耐熱布 MLV カーボンフエルト片(大小) 10g コージー MLV 風呂敷コージー 31g 食料袋 OPサック ロックサック(大)食料袋 35g 調理袋 OPサック ロックサック(小)調理袋 16g スタッフサック HDナノテックススタッフサック×2 ※枕&防風手袋兼用 40g ●水筒 調理・生活用 ナルゲン フォールティングカンティーン1.5リットル 65g 行動用 ペットボトル 1リットル 50g 浄水システム セイシェル フィルターのみ 60g ●手荷物(ベースウェイトに含まない) サコッシュ ハイカーズデポ ハイカーサコッシュ(コンパス・ホイッスル・温度計付) 84g ライト ぺツルeライト 25g タオル 手拭い 45g 応急セット 歯痛止め、頭痛薬、絆創膏、ダクトテープ、歯ブラシ、ポリ手袋、ローソク 43g 地図 山と高原地図 奥多摩 35g 三脚 ゴリラポッド 45g 携帯電話 AU 150g デジタルカメラ SIGMA DP1 295g メモリー 2GB 5g ●身に着けるもの 時計 バリゴ アルチメーターコンパス 60g ストックODボックス フォックステイルツエルトポール兼用 285g シューズモントレイル ナムチェ(スーパーフィート込) 945g ●行動着 ベースレイヤートップ ファイントラック フラッドラッシュメッシュT 45g ミドルレイヤートップ アイベックス フーディーインディー 150g ランパン スゴイ ランパン 125g ソックス スマートウール PHDスキーライト 80g グローブ テラノバ ウルトラGLO グローブ 15g インナーグローブ ファイントラック フラッドラッシュメッシュグローブ 10g ゲイター OR フレックステックスゲイター 140g ウィンドシャツ パタゴニア フーディニフルジップ 98g ウィンドパンツ インテグラルデザイン パーテックスウィンドパンツ 110g ●消費物 食料 3日分 1日約750g×3 2300g 燃料 エスビット一箱4g×20 80g 水 常時1リットル行動分のみ。食事分は幕営地で補給可能 1000g トイレットペーパー一ロール 50g -------------------------- ①ベースウェイト 3264g ②消費物 3930g ①+②パックウェイト 7194g ■コメント■ パックウェイトは前回の信越トレイル行より約1.2キロ重くなった。ベースウェイトは265g増。水場の凍結が考えられたので水は余分に持った。他保温着のバージョンアップとマットを厚くした。ザックは湿った寝袋をさらに圧縮しないように大容量とした。以上が増量の根拠。最初のみ少し重かったが2日目からは背中の重さは気にならなかった。今回は雪対策をまったく行わなかったが通常この時期なら軽アイゼンを持つべき。行動時も就寝時も足元の保温がやや不足。寝袋も湿気対策を考えればプラス化繊の薄手を持っても良かった。諸々考慮すれば安全圏はさらに1キロはプラスされる。今回水はペットボトルに1リットル入れてショルダーベルトにくくりつける方式をとった。背中に重みがかからないので楽なような気もするが錯覚か? 狭いエリアで1番で良いんです ご協力願います↓ ツイッターはこちら
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